2025.12.26

クラフトビールで街の未来を描く──トランジションデザインの実践【Inspiration Talk 第7回 前編】

11月19日、東京・八重洲の「Tokyo Living Lab」にて、連続イベント『Regenerative City Inspiration Talk〜東京からリジェネラティブな都市の未来について考えよう!〜』の第7回が開催された。今回のテーマは「“Community Beer Project” リジェネラティブな街の未来の描き方~クラフトビールづくり×トランジションデザインアプローチから探る~」だ。

「Community Beer Project」とは、リジェネレーションをテーマにした国際カンファレンス『RegenerAction Japan 2024』に端を発する、八重洲・日本橋・京橋(YNK)エリアを舞台にコミュニティビールを製造するプロジェクト。社会システムのデザインを行う「トランジションデザイン」の手法とクラフトビールづくりを掛け合わせ、都市のコミュニティに変容を生み出そうとする本プロジェクトを主導したButterfly Lab株式会社 代表でシステミックデザイナーの松村大貴氏と、クリエイティブディレクションを担ったゾウ株式会社 代表の松原大藏氏が登壇し、完成したオリジナルビール『First Step』と共に、プロジェクトを振り返った。

 

※First Stepは発泡酒であり、ビールではありません。

コミュニケーションの媒介となる一期一会の味を目指して

「乾杯!」

 

この日のイベントは、完成したばかりのクラフトビール「First Step」を手にした松村大貴氏の高らかな掛け声からスタートした。イベント参加者らも手に持ったビールを勢いよく呷っていく。参加者の喉を潤したのは、明るくライトな飲み口が特徴のゴールデンエール。このクラフトビールは日本橋兜町のローカルブリュワリー「BALDYS」の協力のもと醸造されたもので、会場ではブルワリーとも縁が深い八重洲の老舗中華料理店「泰興楼」のジャンボ餃子も振る舞われた。

 

参加者がめいめいに舌鼓を打つ中、松村氏は「First Step」の最大の特徴として、副原料に使われている「アオモジ」というスパイスを挙げる。アオモジは、中国では「マーガオ」と呼ばれて広く使われているが、日本ではあまり日が当たらず、林の間に自生していても捨てられてしまうことの多い植物だという。『Community Beer Project』のアートディレクションを担当した松原氏は、その採用理由と缶のデザインに込めた想いを次のように話す。

クリエイティブディレクションを担ったゾウ株式会社 代表の松原大藏氏

「アオモジは香りが強く印象的でありながら、これまであまり活用されてこなかった”日陰者”です。そんな”日陰者”に光を当てることは、リジェネラティブな文脈にも通じているのではないかと考えました。アオモジの名前の通り、青みを帯びた木や綺麗な花といった要素やストーリーを、デザインにも反映させています。また、『First Step』という名前の通り、『つくって終わり』ではなく、これからジャンプアップしていく予感を含ませるものを目指しました」 (松原氏)

アオモジは、山に入って植生を研究・活用し、林業が抱える複雑な課題の解決と同時に日本原生のスパイス市場の可能性を模索する「日本草木研究所」から直送してもらった鹿児島産のものを使用。独特の香りが際立つが、醸造プロセスで使用されたアオモジの実は、500リットルのタンクに対してわずか300グラムだという。松村氏は「ちょっとひねって潰したくらいのアオモジから柑橘のような芳醇な香りが生まれています。まず、口の中でその香りを楽しんでください。そして、この存在感のある不思議な香りを『なんだこれ?』といった会話のきっかけにしてほしい」と、ビールがコミュニケーションの媒介として機能することへの期待を語る。一発勝負のクラフトビールづくりだからこそ生まれた”一期一会の味”に、本プロジェクトの狙いが凝縮されている。

トランジションデザインをクラフトビールと掛け合わせる

「Community Beer Project」の始動は、2024年11月に開催された国際カンファレンス『RegenerAction Japan2024』でのワークショップに遡る。「どうすれば街のコミュニティをRegenerate(再生)できるだろうか?」というブレインストーミングが、すべての始まりだった。その時の議論をもとに、松村氏は本プロジェクトの背景にある課題意識として、以下の3つの仮説を提示する。

 

①暮らすほど消耗するような都市生活:街と人との関係がネットネガティブ(全体でマイナス)になっていないか?

 

②街への愛着、ロイヤリティの低さ:街が単なる目的や利便性のための場所になっていないか?

 

③人と人とのつながり、共通体験の希薄さ:すべてを目的のための手段と捉える思考(インストゥルメンタリズム)に陥っていないか?

 

実際、本イベントのモデレーターを務めた東京建物の谷口元祐も「それまで八重洲に約7年勤務していたが、正直、会社がある場所というだけで街への愛着はあまり湧いていなかった」と当時の実感を吐露する。これに対し松村氏は、街が”目的”ではなく、通勤や買い物のための”手段”として捉えられていることが、愛着の低さの要因ではないかと話す。

Butterfly Lab株式会社 代表でシステミックデザイナーの松村大貴氏

こうした根源的な課題にアプローチするために採用されたのが、「トランジションデザイン」という手法だ。これは、デザインの対象を従来のグラフィックやプロダクトから、ユーザー体験、カルチャー、さらには社会システム全体へと拡張し、長期的な視点で社会の移行(トランジション)をデザインする独自の枠組みとなっている。

そんなトランジションデザインとクラフトビールを掛け合わせた理由について、松村氏はクラフトビールの持つ”包容力”を挙げる。副原料として地域の産品やロス食材などあらゆるものを受け入れられる柔軟性、そしてワインのように厳格な知識を求められず、肩肘張らずに楽しめる親しみやすさ。これらの要素を抱えるクラフトビールこそ、街のコミュニティづくりのメディアとして最適だと考えたという。

さらに、あえて真面目なアプローチを避ける「オフビートアプローチ」という方法論を採用している点も重要だろう。

「『真面目に街の未来を考えよう』というシリアスなアプローチだけでは、人は集まりにくいものです。そこで、入り口をカジュアルに『一緒にクラフトビールをつくろう』と呼びかけることで、気軽に参加する動機を引き出していく。クラフトビールづくりというプロセスの中で、実は街の歴史や未来を深く考えられる仕掛けにしました」 (松村氏)

谷口も「通常の開発業務では目標や期限など、明確なプレッシャーが存在しています。一方で、今回のプロジェクトには”隙”や”曖昧さ”があり、だからこそ多くの人が関われたのだと感じています」と振り返る。

フィールドワークを通じて「課題の構造化」を図る

本プロジェクトの進行には、トランジションデザインと行動変容の理論を組み合わせたデザインフレームワークが用いられた。そのプロセスは大きく以下の3つのステップに分けられる。

①街のいまを観察する

②面白い未来(ビジョン)を描く

③はじめの一歩としてのクラフトビールをつくる

 

現状の延長線上にある「既定路線(デフォルトの未来)」を見据えた上で、そこから分岐する「もっと良い未来」へのトランジションを描くアプローチとなっている。本来、トランジションデザインと行動変容の理論を組み合わせたフレームワークには5つのステップがあるが、今回は社会変容の入り口に立つまでの3ステップとして、クラフトビールづくりを実践した形だ。

 

まず行われたのは、街のいまを身体で感じるフィールドワーク。プロジェクト参加者たちは、銀座に残る銭湯に集合してから街へと繰り出し、街の”面白い要素”と”残念な要素”を観察・撮影して回った。「銀座から京橋に入ると並木がなくなる」「ビルとビルの隙間に緑地をつくろうとする活動がある」「歩車分離が進んでいてクリーンで安全」といった具体的な気づきを持ち寄って、それらの要素を書き出して壁に貼り出していく。

 

重要なのは単なる列挙ではなく、要素間のつながりに線を引く「課題の構造化」にある。一つの事象が良い面と残念な面の両方につながっていたり、ある要因が巡り巡って元の課題を助長していたりするループ構造を、参加者全員で紐解いていった。

 

こうしたワークショップを2回、さらにクラフトビールの副原料を決めるための議論などを通じてプロジェクトは進められたが、その過程は必ずしも順風満帆ではなかった。初回のワークショップでは、参加した地元の老舗飲食店から「そもそも、この街にクラフトビールなんて要るのか 」という厳しい声も上がったという。クラフトビール=味の主張の強い個性的なビールという印象が強かったことから、料理人たちからすると自分たちの料理に合うものができるのか、そこまでやってくれるのか、という強い思いがあったのだろう。松原氏は、この時のワークショップが「一番思い出深かった」と振り返る。

 

「美食の街でもあるYNKエリアにおいて、ビールは主役ではなく、食事を引き立てる脇役や文脈の中に存在するものです。その強い指摘があったからこそ、単に味が濃いだけではない、この街に本当に必要なビールの方向性が決定づけられました」(松原氏)

こうした真剣な議論を経て見えてきたのは、この街が抱えるジレンマ、すなわち「システム構造」だった。松村氏はその構造を次のように定義する。

 

「江戸時代から続く交通と商業の要所であるYNKエリアの最大の魅力は、そこでバトンを受け継いできた人々のストーリーにあります。しかし、要所ゆえに利便性や効率を優先した大型開発が進み、地上と地下、ビルと店が綺麗に区分されてしまいました。人々は最短ルートで移動することとなり、偶然性が失われ、エリアの魅力であるはずの人のストーリーに出会う機会が減ってしまったのです。その結果、人と人との距離を引き離すループ構造に陥っているのではないか、と仮定しました」 (松村氏)

 

このループを断ち切り、街の魅力を外へと広げていくためのビジョンとして、松村氏は「Outside the box(枠から外へ)」というコンセプトを掲げた。老舗が代を重ねるごとに新しい挑戦をしていることに着目し、「伝統を守るだけでなく、一歩踏み出して枠から外へ出ていくことこそがこの街の魅力」だと再定義。お店の賑わいや香りが暖簾の外へ溢れ出し、人々が”オフィスワーカー”や”老舗の主人”といったいつもの役割や通勤ルートから一歩踏み出すきっかけをつくる。完成したビールに付けられた「First Step」という名前には、そうした願いが込められている。

トランジションデザインの手法を用いたフィールドワークやワークショップを通じて、街が抱えるシステム構造を明らかにし、「Outside the box(枠から外へ)」というビジョンを掲げた本プロジェクト。後編では、完成したクラフトビール「First Step」がどのように街の”種”として機能していくのか、そして参加者たちが語り合った「Second Step」の構想について紹介する。

 

(文・須賀原みち/撮影・後藤秀二)

プロフィール
松村 大貴
Daiki Matsumura
Butterfly Lab株式会社 代表/システミックデザイナー

ヤフーで米国企業との事業開発やブランディング、東日本大震災の復興支援等に携わった後、2015年にハルモニア株式会社を創業。食品ロス削減の事業立ち上げや、企業へのコンサルティング、ビジョンメイキングを行う。2025年よりButterfly Labとして、 気候変動や都市の未来、産業の転換といった複雑な課題に対し、 行動変容デザインとトランジションデザインの観点から共同探求プロジェクトに取り組んでいる。クラフトビールと、書店、銭湯をこよなく愛する。著書に『新しい「価格」の教科書 値づけの基本からプライステックの最前線まで』(ダイヤモンド社)。
松原 大藏
Taizo Matsubara
ゾウ株式会社 代表/デザインマネージャー/プロジェクトマネージャー

空間デザイナーとしてキャリアをスタートし、オフィスをはじめ、工場、学校、ホテルなど、「はたらく場」づくりを起点に、あらゆる企業・組織・ヒトへ、心地よい変革を起こすヒト中心のデザインマネジメントカンパニーとして2024年にゾウを設立。株式会社ルガールのブランドマネージャーとして、浅草をホームに、地元民に愛される(愛されたい)飲食店も手がけ、コミュニティデザインにも注力している。