
“知ることで好きになる”──First Stepがつなぐ街と人【Inspiration Talk 第7回 後編】
八重洲・日本橋・京橋(YNK)エリアを舞台に、トランジションデザインとクラフトビールづくりを掛け合わせた「Community Beer Project」。前編では、プロジェクトの背景にある課題意識や、フィールドワーク・ワークショップを通じて見えてきた街の「システム構造」、そして「Outside the box(枠から外へ)」というビジョンについて紹介した。後編では、完成したクラフトビール「First Step」が街にどのような変化をもたらすのか、そしてイベント参加者たちが語り合った「Second Step」の構想に迫る。
※First Stepは発泡酒であり、ビールではありません。
「First Step」は、単なるイベント用の記念品ではない。街の飲食店で提供され、人々をつなぐメディアとして機能していくことを意図している。実際、2025年12月頭からYNKエリア内の一部飲食店、ワークショップにも参加した地域の伝統ある老舗などで順次提供されている。
本プロジェクトを推進したButterfly Lab株式会社 代表でシステミックデザイナーの松村大貴氏は、「ビジョンやコンセプトは言葉だけでは広がりにくい。しかし、物理的なプロダクトになることで、楽しく語り合える”種”として残っていきます。マップ上の点が増えていくように、このビールを飲める場所が広がり、それをきっかけに会話が生まれてほしい」 と期待を寄せる。
また、プロジェクト立ち上げから参加する東京建物の谷口元祐はビールづくりに協力してくれた日本橋兜町のブルワリー「BALDYS」との連携について、「通常、こうした企画は事業者がコストを負担してつくることが多いでしょう。しかし、今回はブルワリー側もプロジェクトに共感してくれたことで、持続可能なスキームとして関わってくれました」 と、ビジネスとしての持続可能性が確保されていることを明かす。

松原氏は、プロジェクト全体を振り返って得た気づきをシェアする。
「自分がデザイナーということもあって、コミュニティは開いているほうが良いし、自由を求める性質があると思っていました。そんな中で、ワークショップでの議論などをへて、クールで無機質な街に見えていたYNKエリアも深く関わっていくと、実は”村”のような側面があることに気づいたんです。新参者がコミュニティに入るには時間がかかるけれど、一度入れば深く温かい。そこにはお店が持っているプライドや人のしがらみがあって、その”閉じた村っぽさ”こそがYNKブランドをつくっているように感じました。この気づきが何に生きるのかはまだわからないけれど、それに気づけたことが一番嬉しかったです」(松原氏)
一見排他的に見える要素も、見方を変えれば人間味あふれる有機的なつながりになり得るだろう。そして、そのつながりは接点がなければ生まれない。「First Step」という名前には、「未体験の店やコミュニティへ踏み出す最初の一歩」という意味が込められている。いつもの通勤ルートから少し外れ、このビールを求めて路地裏の店に入る。その小さな行動変容こそが、現状のループ構造を変えるトランジション(移行)の始まりとなるのかもしれない。
イベントの後半は、参加者同士によるグループディスカッションが行われた。まず、投げかけられたのは「このビールを使って街をさらにリジェネラティブにするには?」という問いだ。
「ビールが飲めない人も楽しめるように『ビールカレー』をつくる」 「街の中に『FirstStep』を買える自販機を設置したい」など、クラフトビールを通じたコミュニティ形成の案が多く上がったが、一方で「乾杯するたびにポイントが貯まり、それが地域通貨のように使える『乾杯カウンター』」 という、交流を可視化するユニークなアイデアも提案された。


続けて、「来年の『Second Step』は何をする?」という問いが提示されると、参加者はみなほろ酔い気分の赤ら顔で、活発な意見や大きな笑い声が飛び交い、和気あいあいと活発なディスカッションで盛り上がる。そんな上機嫌を反映するかのように、出てくるアイデアはより奇抜で、楽しい雰囲気をまとったものとなっていた。


「コミュニティには共通の歌が必要だから、街のアンセム(応援歌)を作曲する」という案にはじまり、「裸の付き合いができるサウナ『Second Step Spa』をつくる」「各企業にプランターを配ってビールの原料であるホップを育てて、コミュニティビールをつくる」 、果ては「多様な人々が肩を組んでビールを飲むために、東京建物が八重洲に球場をつくる!」という壮大な構想まで飛び出し、会場は笑いと熱気に包まれた。

「イギリスのパブ文化のように、同じチームを応援し、同じ歌を歌うような共通体験やプライドを持てる何かをつくることは素晴らしいですね。私自身の野望を明かすと、さまざまなエリアのコミュニティビールを集めた『Community Beer Fes』も開催できればと思っています!」(クリエイティブディレクションを担ったゾウ株式会社 代表の松原大藏氏)

最後に、松村氏と松原氏の両氏は今回のイベントを振り返って、次のように語る。
「トランジションデザインとクラフトビールという異色の掛け合わせでしたが、結果として素晴らしい体験になりました。ワークショップを通じて、この街で営みを続けてきたお店の方々と顔見知りになり、挨拶を交わすような小さなご縁が生まれたことで、街の見え方そのものが変わったんです。コミュニティのリジェネレーションを考えていたはずが、気づけばみんなでこの街のビールをつくっていた——この共通体験と『おいしい』という素直な感動が、人と人、人と街をつなぎ直す力を持っているのだと思います。来年、再来年と活動が続き、つながりが熟成・発酵していく未来が今から楽しみです。ビールって、やっぱりすごいですね」(松村氏)
「東京駅周辺は僕にとって単なる『通過駅』でしたが、今回のプロジェクトを通じて、街を知りに行くことで好きになる感覚を得られました。深く関わるうちに見えてきたある種”村的”な人の顔やクセが、僕は好きです。ワークショップで老舗の方々から投げかけられた厳しくも温かい言葉がプロジェクト全体を揺さぶり、結果として『First Step』は、背景のストーリーにクセや味がしっかり残るなかなかの曲者になりました。Second Stepでは、この『知りに行くことで好きになる』感覚をより多くの人と共有できる仕組みをつくっていきたい。リジェネの関係人口が広がるとはきっとこういうことなのだと、今は腹落ちしています」(松原氏)
こうしてセッションは終了し、その後のネットワーキングタイムでも参加者は議論に花を咲かせていた。「乾杯」から始まった小さなコミュニティの確かな”最初の一歩”が、ここで踏み出されたのだ。
(文・須賀原みち/撮影・後藤秀二)

ヤフーで米国企業との事業開発やブランディング、東日本大震災の復興支援等に携わった後、2015年にハルモニア株式会社を創業。食品ロス削減の事業立ち上げや、企業へのコンサルティング、ビジョンメイキングを行う。2025年よりButterfly Labとして、 気候変動や都市の未来、産業の転換といった複雑な課題に対し、 行動変容デザインとトランジションデザインの観点から共同探求プロジェクトに取り組んでいる。クラフトビールと、書店、銭湯をこよなく愛する。著書に『新しい「価格」の教科書 値づけの基本からプライステックの最前線まで』(ダイヤモンド社)。

空間デザイナーとしてキャリアをスタートし、オフィスをはじめ、工場、学校、ホテルなど、「はたらく場」づくりを起点に、あらゆる企業・組織・ヒトへ、心地よい変革を起こすヒト中心のデザインマネジメントカンパニーとして2024年にゾウを設立。株式会社ルガールのブランドマネージャーとして、浅草をホームに、地元民に愛される(愛されたい)飲食店も手がけ、コミュニティデザインにも注力している。