2026.02.27

都市と海の見えなくなった「関係性」を結びなおす——リジェネラティブ漁業と藻場再生の最前線【Inspiration Talk 第8回 前編】

12月18日、東京・八重洲の「Tokyo Living Lab」にて、連続イベント『Regenerative City Inspiration Talk〜東京からリジェネラティブな都市の未来について考えよう!〜』の第8回が開催された。今回のテーマは「リジェネラティブ漁業と都市の在り方 〜伝統産業のイノベーションから食の未来を考える〜」だ。

 

都市化の影響で、本来は切っても切れない海と人間との関係性が、物理的にも心理的にも見えづらくなっている今。「食」「ビジネス」「コミュニティ」をヒントにしつつ、関係を再び結びなおす方法はあるのか——本テーマでは、有識者として、科学と現場の知見を融合させて持続可能な漁業を支援する海洋コンサルティング会社・株式会社UMITO Partnersの岡本類氏と、海藻の陸上栽培と海面栽培による養殖藻場をつくり、藻場機能の再生を通じて新たな食文化を提案するスタートアップ・合同会社シーベジタブルの寺松千尋氏が登壇。いかにして生態系と人の営みを再生していくのかを語り合った。

東京都心の町並みと、北海道の離島・焼尻島(やぎしりとう)の海——。一見するとまったく異なる二つの風景が映し出される。サステナブルな漁業を支援するUMITO Partnersの岡本氏は、この対比から話を始めた。そして「二つは一見すると完全に別世界に見えますが、実は人間の社会は海からものすごく恩恵を受け、依存しているんです」と切り出す。

食や経済、文化においても、海がなければ成り立たない仕組みは多々ある。岡本氏は、そうした前提だけでなく、世界で都市化が進むにつれて「人間と海の関係性が少しずつ見えなくなってしまっている」ことを課題に感じている。「ウミとヒトの関係を、ポジティブにつなぎ直す」ことをパーパスに掲げるUMITO Partnersは、その関係性を改めて見出す活動を行っている。

株式会社UMITO Partnersの岡本類氏

UMITO Partnersでは、特に「温室効果ガスの増加」「生息地の喪失」「乱獲」「水質悪化」「マイクロプラスチック」を、海で起きている最も重要な課題に据えている。現代社会ではこれらが複雑に絡み合うことで、生物多様性の喪失、生態系バランスの崩壊、地球温暖化などの地球レベルの課題に繋がり、最終的には食料安全保障の喪失や、自然災害の激甚化が起こっているという。

 

ここからは、そうした「海と人の見えなくなった関係性」を、食やビジネス、そしてコミュニティの力でポジティブなものへと結びなおそうとする二人の実践者の取り組みを示していく。

「海と人の関係性」をポジティブに戻すために

岡本氏が所属するUMITO Partnersは、人間社会や生態系全体がポジティブとなる「海のネイチャーポジティブ」を大きな目標に掲げ、持続可能な漁業の推進やブルーファイナンスなどに取り組む海洋コンサルティング会社だ。

画像提供:UMITO Partners

UMITO Partnersの事業の大きな柱としては、以下の4つがある。

 

1.持続可能な漁業の推進: サステナブルな水産物の国際認証取得支援や、サステナブル、リジェネラティブな漁業に向け漁業者が主体となって取り組むプロジェクトの推進

2.海洋環境生態系と生物多様性の保全: 漁業活動を通じて、その基盤となる生態系や生息地そのものを保全・再生する取り組み

3.気候変動対策: ブルーカーボンなど、これまで価値として扱われてこなかったものを見出し、事業成長につなげる仕組みづくり

4.ブルーファイナンス: インパクト投資などを活用して資本的な限界を突破し、海の可能性を引き出して新事業を開発する金融アプローチ

 

たとえば、大手企業による「MSC(天然漁業)認証」や「ASC(養殖)認証」といった国際的な認証プログラムの取得支援を行う一方で、現場の漁業者と二人三脚で進める「サステナブル漁業プロジェクト」の具体例として、北海道苫前町の「ミズダコ樽流しサステナブル漁業プロジェクト」がある。本プロジェクトでは、漁業者自らが漁獲データを継続的に収集し、水産試験場と連携して資源調査を実施。その結果に基づき、ミズダコの資源状態に応じた操業・管理を漁業者主導で運用している。自主的な資源管理と、生態系への負荷を抑えた漁法を両立している点が特長である。

 

人口3,000人を切る小さな漁村・苫前町では、伝統的な「樽流し漁業」が行われている。これは、「いさり」(タコの仕掛け)をつけたロープを樽に繋いで海に流し、タコがかかって樽が止まったところを目視して引き上げるという漁法だ。地域の若手漁師たちは、この伝統漁業をサステナブルな形に転換することで、街の活性化を図ろうとしている。

 

「タコの資源に影響を与えないよう、地域として1日に使っていい漁具(樽)の数を15個と決めています。そして毎年漁獲記録を取り、水産試験場と連携して資源レベルを科学的に評価しています。もし『資源が減少し始めている』という数値が出れば、翌年は樽の数を12個に減らすというルールも設けました」(岡本氏)

重要なのは、このルールがトップダウンの決定ではなく、「このルールならアンフェア」「このルールだと効果がない」といった、現場の漁業者同士の多くの話し合いと、科学的な知見をもつ専門家の助言を経て決定されている点だ。

 

また、同じく焼尻島で進める「ウニ・藻場プロジェクト」も、生態系のバランスを取り戻す挑戦だ。同島ではウニが増えすぎて海藻を食べ尽くす「磯焼け(海の砂漠化)」が発生し、餌不足でウニの身も痩せてしまうという問題があった。

 

そこで人口160人のうち20人にも及ぶウニ漁業者全員がプロジェクトに参加し、水深5メートルよりも深い地点を禁漁区に設定。「種苗石方式」「セルロース方式」「種苗糸方式」という3つの方法論を駆使して、藻場・海藻を再生させることでウニの実入りを良くしようとする漁師主導のプロジェクトとなっている。

 

「藻場再生の対象となっている海域は591ヘクタール、東京ドーム127個分と、日本最大規模の藻場再生になるポテンシャルを持っています。再生型漁業を考えることで、生態系・環境も良くするし、漁業という生業も良くする。そんなWin-Winの状態を作っていこうとしています」(岡本氏)

 

さらに同社では、現場の漁業者を応援するネットワークとして『UMITO SEAFOOD』という水産物ブランドを展開。「たべてつくる、おいしい漁業」をキャッチコピーに、環境や海にポジティブな影響をつくりだしている漁業者の水産物を、消費者やシェフ、ホテルなどに紹介し、調達面からもサポートしている。UMITO Partnersではこのような多角的な展開で、漁業者と専門家を繋ぎ、持続可能な海を支援しているのだ。

「海藻」を陸と海で育む、シーベジタブルの挑戦

一方で、海藻の陸上栽培と海面栽培による養殖藻場をつくり、藻場機能の再生に挑んでいるのが、合同会社シーベジタブルだ。

 

寺松千尋氏が入社したのは5年半前、いわば同社の”第二創業期”だった。当時、”海藻の仕事”に対する認知度は決して高くなかったが、海藻の可能性を開拓しつづけるうちに、今では「海藻といえばシーベジさんだよね」と言っていただけるまでに認知が拡大したという。

 

そんな寺松氏からまず出てきたのは、日本の海藻文化が直面する危機だ。

合同会社シーベジタブルの寺松千尋氏

「日本の海域には約1,500種類の海藻が生息しており、そのすべてに毒がなく食用可能という特徴があります。また日本の海藻食文化は、世界的に見ても最先端ですし、近年では世界一のレストラン『noma』が京都で開催したポップアップで海藻をメイン食材として扱った『海藻しゃぶしゃぶ』を提供するなど、ガストロノミーの世界でも注目されています」(寺松氏)

 

その一方で、過去18年間で海苔の収穫量は50%減少し、2020年には高級品種である「すじ青のり」の収穫量が0kgになってしまった地域もあるという。

この危機に対し、シーベジタブルは二つのアプローチで挑んでいる。一つは2016年から始めた「陸上栽培」だ。

画像提供:シーベジタブル株式会社

地下から汲み上げた海水を利用し、水温が安定した環境で「すじ青のり」などを育てる陸上栽培技術を世界で初めて確立。現在では全国各地に陸上拠点を構え、有名ホテルや食品メーカーにも納品するなど、すじ青のりは国内市場で高いシェアを持っている。また、栽培地は沿岸部にある関係上、過疎エリアであることも多いが、地元の高齢者や障がい者就労支援施設と連携することで、地域に新たな産業と雇用を生み出している。

 

「事業のきっかけは、かつて最高級品とされていた高知県・四万十川のすじ青のりが採れなくなったことでした。以前は有名なポテトチップスにも潤沢に使われていたものの、需要に対して供給量が著しく下がってしまったのです。そこで私たちは、取水やコストの面でハードルの高い海洋深層水ではなく、年間を通して水温が安定している地下海水を利用するモデルを確立することで、食文化を守ろうとしました」(寺松氏)

 

もう一つのアプローチは、海の中で「養殖藻場」をつくることだ。

 

海藻は海の生態系ピラミッドの土台であり、陸上の植物と同様に魚や植物を育む役割を果たすが、生活者の想像が及ばない場所で砂漠化(磯焼け)は進行している。日本の藻場は1年間で東京ドーム1,200個分に相当する6,000ヘクタールも減少するといわれている。

 

シーベジタブルでは、こうした海藻による生態系回復効果を可視化するため、一般社団法人グッドシーおよび鹿児島大学らと連携。海面栽培で海藻を育てている海域とそうでない海域で、生き物の資源量がどれほど違うのかを、定点調査で比較検証した。その結果、海藻を育てた場所では、魚類の個体数が最大36倍に増えたというデータが得られたという。

 

「私たちは、海藻の種苗や育成技術の知見や基礎研究技術を持っています。また、海藻に詳しい研究者も所属していて、共同代表と一緒に日本全国の海を潜り回ったりもしているんです。こうした私たちの強みを活かして”海の畑”とも言えるような養殖藻場を増やしていけるよう、全国の漁業者さんと活動しています」(寺松氏)

ここで寺松氏が強調したのは、こうした環境再生の取り組みを続けるためには、海藻の消費量拡大が不可欠であること。海藻は一年草であり、枯れる前に人間が収穫して食べることで、海の中の環境サイクルも回っていくからだ。しかし、1人あたりの1日の海藻消費量はこの22年間で40%減少しているというデータもあり、課題は尽きない。

「パンを食べる時になかなか海藻を食べないように、和食文化の衰退と紐づいている部分も大きいと思います。なので、私たちが新しい食の切り口を作っていきたいんです」(寺松氏)

 

そこでシーベジタブルでは、その想いに共感した三越伊勢丹のデパ地下を”海藻ジャック”するようなイベントを開催したり、コンビニ「セブン-イレブン」やスープ専門店「Soup Stock Tokyo」、食のセレクトショップ「DEAN & DELUCA」、無印良品を運営する「良品計画」などの身近な企業とコラボレーションしたりと、都市生活者に海藻を届ける仕掛けを次々と展開している。

 

2026年3月には、YNKエリアにて、海藻料理とお酒を楽しめる拠点「シーベジスタンド」もオープン予定。同社所属のシェフが手がける海藻ラーメンや海藻のおつまみなどを提供する。このようにシーベジタブルでは、新しい海藻食文化をつくることで、海と人とをつないでいるのだ。

UMITO Partnersによる持続可能な漁業の推進と、シーベジタブルが養殖藻場をつくることで藻場機能を再生する取り組みは、私たちが「確かに海とつながっている」という実感が持てるような、リジェネラティブな社会をつくりあげていく。二人の取り組みは、どう広がりを見せるのか——「科学」と「ネットワーク」、そして「美味しい」をキーワードに、対話は続く。

 

(文・須賀原みち/撮影・後藤秀二)

プロフィール
岡本 類
Louie Okamoto
株式会社UMITO Partners

ロサンゼルス出身。カリフォルニア州立大学モントレーベイ校にて海洋生態学の学士を取得。教育分野で働きながら、米モントレーベイ水族館にて海洋生態系学やサステナブルシーフードに関わる活動に携わる。 2016年、日本のサステナブルな漁業や地域に貢献するために来日。2019年には、アジア太平洋圏の海洋リーダー育成を目的とした Blue Pioneer Program のフェローに選出される。 現在はUMITO Partnersの設立メンバーとして、漁業現場から組織運営まで横断的なサポートを行っている。
寺松 千尋
Chihiro Teramatsu
合同会社シーベジタブル
食文化共創部 コミュニケーター

1996年、富山県富山市生まれ。大学在学中にカンボジアでのインターンシップを経験したことで人生観が大きく変わり、平和学を学ぶことを決意。その後、ウェディング業界や飲食業界で働く中で「様々な人々の暮らしを豊かにする仕事に携わりたい」と強く感じ、2020年にシーベジタブルに入社。創立4年目の創業期から、さまざまな部門の立ち上げに関わる。2026年3月に東京・八重洲にオープンしたシーベジスタンドの立ち上げにも携わり、海藻を野菜のように身近な食材として普及させることで、海も人もすこやかになる未来を目指している。