
「美味しい」から始める海の再生──リジェネラティブな海と都市の未来【Inspiration Talk 第8回 後編】
「リジェネラティブ漁業と都市の在り方 〜伝統産業のイノベーションから食の未来を考える〜」をテーマとした、『Regenerative City Inspiration Talk』の第8回。
前編では、UMITO Partnersの岡本類氏とシーベジタブルの寺松千尋氏、それぞれの現場から見える海の課題と希望を追った。では、その取り組みを「自分ごと」として持ち帰るには、何が必要なのか——二人との対話を通じて探っていく。
漁業者と科学者をつなぎ、資源管理と生業の両立を目指すUMITO Partnersの岡本類氏と、海藻の陸上栽培と海面栽培で養殖藻場をつくり、藻場機能の再生を通じて、海の生態系回復に挑むシーベジタブルの寺松千尋氏。二人に共通するのは、人間の介入によって海を「より良い状態」へ導こうとする姿勢だ。
しかし、その介入は本当に正しい方向へ向かっているのか——モデレーターを務めたFuture Food Instituteの小野寺彩香氏が問いかける。
「長期的に見たとき、人間の介入が必ずしも良い結果を生むとは限りません。そうした影響を考える際には、専門家も含めて議論していくのですか?」(小野寺氏)
この問いに岡本氏は、UMITO Partnersでは社内だけでなく、国内外の生物学者や経済学者と連携していることを明かす。
「私たちの強みは、国内外に広がるネットワークにあります。自分たちでできないことは当然たくさんあるので、パートナーと連携したり、人と人とをつなげたりすることが大事です。例えば牡蠣養殖が海に与える影響を調べる際も、水質や底生生物の調査を専門機関と協力して行っています」(岡本氏)
科学とネットワーク——その両輪があってこそ、独りよがりにならないアクションが可能になる。

さらに、話題は活動を継続するための「資金」に移る。
海の再生は、一度やって終わりではない。長期的に取り組み続けるには、当然、ビジネスとしての持続可能性が欠かせないだろう。東京建物・Tokyo Food Instituteの沢俊和から、事業拡大における課題について問われると、二人はそれぞれのアプローチを語った。
寺松氏が挙げたのは、自治体との連携だ。日本の漁業界には「漁業権」という参入障壁があり、新規プレイヤーが海で活動を広げるのは容易ではない。シーベジタブルの場合、まず陸上栽培を通じて地域との信頼関係を築き、それを足がかりに海での活動へと広げてきた。資金面では「企業版ふるさと納税」も活用している。
「かつての名産品を復活させても、すぐに市場が戻るわけではありません。特に海藻のような地域色が強い食材では、地域に根ざした取り組みが重要です。ビジネスとして持続可能にするためにも、自治体や企業を巻き込んだ戦略が必要です」(寺松氏)
一方、岡本氏は「ブルーファイナンス」という新たな領域に注力していることを明かす。海外の投資ファンドと連携したインパクト投資を活用し、資本的な限界を突破することで、海洋イノベーションなどの新規事業を生み出そうとしているという。非営利活動から事業へと移行する難しさを乗り越えるための、一つの解だ。
会場には、瀬戸内海の離島から来た参加者もいた。牡蠣の大量死、漁獲量の激減、海ゴミ、後継者不足——複合的な課題を抱える現場から、「島の再生のために何ができるか」という切実な問いが投げかけられた。
地域で海の再生に取り組むには、何から始めればいいのか。二人の答えは共通していた。「小さく始めて、信頼を積み重ねる」ことだ。岡本氏は、まず現状を正しく把握することの重要性を挙げる。
「漁師さんの肌感覚としての変化を、水産試験場などの科学的データと突き合わせることで、見えてくるものがあるはずです」
一方、寺松氏は「絶対的な正解はない」と前置きしつつ、こう続けた。
「漁業者の方々にヒアリングをしても、それだけではなかなか核心にたどり着けないことも多いんです。海の課題は複雑で、地域によっても様相が異なる。だからこそ、まずは自分たちが持っている知見や強みを現地に持っていって、ロープ1本からでも始められるような小さな検証を重ねていく。そうやって少しずつ信頼を積み上げていくしかないと思っています」

地域の再生には、外部の専門家だけでも、現場の当事者だけでも足りない。Future Food Instituteの深田昌則氏は、利害が対立しがちなステークホルダーをつなぐ「中間支援」の役割に触れ、UMITO PartnersやFuture Food Instituteのような組織、そして未来志向で対話できる場の重要性を指摘した。
「身近なコミュニティに対して、リジェネラティブな”変化”をどう起こすか」——会場ではこの問いをめぐって、参加者同士の議論が始まった。
議論が盛り上がった後は、プレゼンへ。最初のグループは、「『美味しい』という感情こそが強い」とし、そこから教育などの現場体験へとつなげる案や、「海」や「漁師」をテーマにしたドラマや漫画などのコンテンツ制作を提案した。
これに対し寺松氏は、「きのこがCMソングやアニメで身近になったように、海藻にもキャッチーなキャラクターやナラティブ(物語)が必要ではないかと考えています」と明かした。
また岡本氏も、「美味しい」と「教育」をつなぐ接点として、”食”の重要性を強調する。
「子どもの頃に食べたものや、日々触れてきた伝統といったアイデンティティは、ポジティブな原動力になります。子どもの将来を考える上でも、美味しさに加えて、健康や安心安全といった要素が組み合わさることが定着への鍵になるはずです」(岡本氏)

また、別のグループからは「魚のアラ」と「お持ち帰りボックス」を掛け合わせた、寿司店での手土産づくりのアイデアが挙がる。これは、寿司店勤務の参加者が直面する、毎日多くの天然魚のアラが廃棄されている現状と、食べきれなかった料理を持ち帰る習慣が根付く海外での経験から発想したのだという。寺松氏は「お客さんとしては、美味しいレシピ付きで最後に魚のアラをプレゼントしてもらえたら最高ですよね」と、フードロスを価値に変えるアイデアを膨らませた。
さらに参加者からの「旬の食材を食べることが、自然のリズムを感じる変化につながる」という意見に、岡本氏は「たしかに、アメリカのスーパーを見ると魚の種類が限られているが、日本の鮮魚コーナーには旬があり、四季がある。その季節ごとの変化への気づきこそ、子どもたちにも伝えていきたい大切な感覚」と深い共感を示す。

最後のグループは、「江戸こそがリジェネラティブの中心だ」という大胆な仮説を提示。東京を奥多摩の源流から東京湾までつながる「美味しい流域」として捉え直し、山や海でオーケストラの名曲を鑑賞しながら、収穫した食材を自分たちで調理して味わうという、食と芸術文化を融合させた体験プログラムの構想を発表した。
これには岡本氏も「もう即採用です(笑)」と太鼓判。
「同じ志を持ったメンバーやコミュニティの楽しそうな活動が、点から線、そして面へと広がっていくことで、多くの人がリジェネレーションに巻き込まれていくヒントがあるはずです」(岡本氏)

「江戸時代の写真集を見て泣くほど江戸が好き」という寺松氏も、このアイデアに意欲を見せる。
「現代人はSNSではない、生身のつながりや肌感のある体験を求めているはず。江戸の下流域にあたる東京湾で、海藻栽培の形で関われると嬉しいですね(笑)」(寺松氏)
議論が一段落すると、テーブルにはオリジナルクラフトビール「First Step」と、北海道・苫前町の「Re:たこ」、そしてシーベジタブルのすじ青のりをまぶしたポテトチップスが並んだ。
「美味しい」を入り口に、海と都市、そして人と人との関係性を結び直していく。この日もまた、大都会・八重洲の地下で、確かな”再生”への一歩が踏み出されたのではないだろうか。
(文・須賀原みち/撮影・後藤秀二)


ロサンゼルス出身。カリフォルニア州立大学モントレーベイ校にて海洋生態学の学士を取得。教育分野で働きながら、米モントレーベイ水族館にて海洋生態系学やサステナブルシーフードに関わる活動に携わる。 2016年、日本のサステナブルな漁業や地域に貢献するために来日。2019年には、アジア太平洋圏の海洋リーダー育成を目的とした Blue Pioneer Program のフェローに選出される。 現在はUMITO Partnersの設立メンバーとして、漁業現場から組織運営まで横断的なサポートを行っている。

食文化共創部 コミュニケーター
1996年、富山県富山市生まれ。大学在学中にカンボジアでのインターンシップを経験したことで人生観が大きく変わり、平和学を学ぶことを決意。その後、ウェディング業界や飲食業界で働く中で「様々な人々の暮らしを豊かにする仕事に携わりたい」と強く感じ、2020年にシーベジタブルに入社。創立4年目の創業期から、さまざまな部門の立ち上げに関わる。2026年3月に東京・八重洲にオープンしたシーベジスタンドの立ち上げにも携わり、海藻を野菜のように身近な食材として普及させることで、海も人もすこやかになる未来を目指している。