2026.06.12

「10度のズレ」が日常を変える――人のアクションを自然に引き出す、3つの仕掛け【Inspiration Talk 第9回 前編】

2026年1月21日、東京・八重洲の「Tokyo Living Lab」にて、連続イベント『Regenerative City Inspiration Talk』の第9回が開催された。今回のテーマは「日常から始めるRegeneration~面白さと感動から始まる都市の未来~」だ。

 

ゲストスピーカーに迎えたのは、アートやエンターテインメントの力を通じて社会課題への行動変容をデザインする、株式会社SEAMES代表のコミンズ・リオ氏。「いかにして個人の『好き』や『感動』を都市の再生へとつなげていくか」という、極めて身近でクリエイティブな問いが投げかけられた。

『面白い』を入り口に、行動を生むプロジェクトへ

株式会社SEAMESは、アート・メディア・エンターテインメントの力を通して、社会課題に対する行動変容を生むプロジェクトの設計・実行を行うクリエイティブカンパニーだ。2019年の設立以来、「RE:ACTION」という概念を軸に、難解になりがちな社会課題を、人々の好奇心や「面白い」という感覚に接続することで、日常のアクションへと昇華させてきた。

代表を務めるコミンズ・リオ氏曰く、その根幹にあるのは、ハーバード大学の研究に基づく「3.5%ルール」だという。これは、「組織や社会の3.5%にあたる人々が自発的に動き始めれば、その熱狂が波及して全体が動き始める」という理論のこと。例えば1,000人の集団の中で35人が具体的なアクションを開始すれば、社会を変える大きな力になり得るとされている。

 

リオ氏は従来から、この概念を日常の行動変容に落とし込み、1週間という時間の3.5%にあたる約6時間を、自分の好きなことや趣味と社会課題解決を掛け合わせたアクションに活用することを提案している。少数の専門的な活動家だけに委ねるのではなく、あらゆる人々が自分の人生の一部としてこの時間をアクションに充てることで、社会全体をポジティブに変えていくことができるという考え方がその根底にあるのだ。

米国ポートランドの「リジェネラティブな生き方がベースにある環境」で育ち、テレビ局勤務を経てSEAMESを設立したリオ氏。そのなかで、これまで一般的に「意識の高いもの」と思われがちだった社会課題への取り組みを、アートやエンタメの力でそれぞれにとって「気持ちいい」「楽しい」体験へと転換させてきた。ここからは、実際に手がけたプロジェクトを例に、人々が行動に移そうとするまでの具体的なプロセスについて解説する。

 

例えば、日鉄興和不動産からの「赤坂インターシティAIR で働く皆さんの環境アクションを広げたい」という思いをきっかけに、同社のオフィスビルに入居する企業を巻き込んで実施した「BUILDING 2 BOTTLE」プロジェクトだ。

 

このプロジェクトでは、象印マホービンが開発したマイボトル洗浄機を各オフィスビル内で普及させ、人々の働き方や生活習慣を変えられるかに挑戦したという。SEAMES側でも、独自のマイボトルを制作・配布して利用を促進。なかでも、オフィス家具メーカーのオカムラでは、当初7%程度だったボトルの利用率が、最終的には40%を超えるまで上昇したという。若い社員たちがマイボトルを「デコり」(装飾し)始めた結果、その楽しそうな様子を見た年配の社員たちが続々と参加を表明するという形で、社内全体に拡大していったのだ。

 

また、「BUILDING 2 BOTTLE」プロジェクトの結果、1フロア当たりの年間ペットボトル消費量の1/3に当たる、約300kgのペットボトルを削減できることが判明。そこで本プロジェクトの削減効果を見える化するため、海ごみをモチーフにしたアート作品を、期間限定でビルのホワイエに展示した。こうしたアートの存在によって、出社する約7,500人の社員たちは自らがペットボトルを買わないことのインパクトや、海洋プラスチック問題を改めて意識するようになる。プロジェクトの枠を超え、アートの力も組み合わせることで、社員の意識を少しずつ変えていった。

「BUILDING 2 BOTTLE」プロジェクトで展示されたアート作品(上段)

SEAMESではほかにも、「RE:CLIMATE」プロジェクトとして、YouTubeチャンネルを開設し、企画動画に人気芸人を続々と起用。ラランドのニシダさんが主役となった「プラスチックに触れるたびに-1,000円!?ラランド・ニシダ、プラなし生活に初挑戦!」は、30分近い動画ながら、10万回近くの再生数につながった。身の回りにどれだけプラスチックが溢れているかを視覚的に届けながら、普段サステナビリティに興味のない層でも楽しめるコンテンツとして成功を収めたのだ。

人が動くための3つの設計ポイント

リオ氏は「社会課題アクションは、筋トレや早起きと同じで最悪やらなくてもいいけれど、やったほうが心地よいもの」と定義する。リジェネラティブな活動も、頭では「やったほうがいい」と理解していても、人間の怠惰な部分を乗り越えるのは容易ではない。そのハードルを越えてもらうために、SEAMESはアクションの設計にあたって以下3つのポイントを重視している。

 

①初期段階(裾野の拡大): 活動に向けていきなり高いハードルを設定するのではなく、誰もが気軽に入れる入り口を設計すること。(例:従来の「キャンプ」にあった心理的・物理的障壁を下げた「グランピング」の登場など)

②「快感ポイント」の存在(継続の力): その体験自体に面白さや、他者と共有できる身体的な快感があること。(例:過去にSNSで流行した「アイスバケツチャレンジ」など)

③「共感ポイント」の存在(身近なテーマとの接続): 自分やその親しい存在にとって、身近なテーマと接続すること。(例:震災を経験した日本人の場合、大地震が起きたときに寄付などのアクションへとつながりやすいことなど)

そしてSEAMESでは、一般の個人を対象にこれらの設計を具現化したプロジェクト群「RE:UNIVERSE」を打ち出している。「企業との大規模なプロジェクト(BtoB)と比べれば稼ぎにはなりませんが、むしろこちらが重要かもしれない」とリオ氏が話すように、ここでは、SEAMESの若手メンバーや学生たちが自ら企画者となり、「自分の好きなこと」に社会課題を掛け合わせたユニークな試みが次々と生まれている。

「RE:BODY」について説明するリオ氏

その鍵となるのは、既存のエンターテインメントの目的を「10度ずらす」設計だ。特定の牌で上がると植林を義務付ける「RE:MAHJONG(リ・マージャン)」や、社会課題をテーマにした楽曲しか歌えない「RE:KARAOKE(リ・カラオケ)」、さらには身体の動きを通じてコミュニケーション不全を体感する「RE:BODY」など、既存のエンターテインメントに「10度」の角度をつけることで、意識していなかった人々を社会課題の当事者へと変えてきた。つい誰かに話したくなるような「面白い体験」のなかに、社会への問いを忍ばせるのがSEAMES流のデザインなのである。

 

 

コミンズ・リオ氏が「3.5%ルール」や「10度ずらす」という設計思想を軸に、社会課題を「面白い体験」へと変えるSEAMES流のアプローチを紹介した今回。後編では、その考え方を受け取った参加者たちが実際に手を動かし、ワークショップを実施。カフェ巡り、日記、アイドル——それぞれの「好き」がリジェネラティブな企画の種へと育っていく様子をお届けする。

 

(文・須賀原みち/撮影・後藤秀二)

プロフィール
コミンズ・リオ
Leo Kominz
株式会社SEAMES代表

米国オレゴン州生まれ。大学在学中に大学生専門の音楽レコーディングスタジオを立ち上げ運営。テレビ局勤務を経て、世界の12の都市に1ヶ月ずつ滞在し、出会った人に同じ12の質問をインタビューする企画「World in Twelve」実行。2019年に現職である、アート・メディア・エンタメの力を通して社会課題に対する行動変容を生むプロジェクトの設計・実行を行うSEAMESを設立。日々の原動力は好奇心、多種多様な分野において自他共に認める重度なオタク性質の持ち主。