2026.06.24

「全員がハッピー」な循環が都市を再生する――個人のワクワクから始まるリジェネラティブな未来【Inspiration Talk 第10回 前編】

2026年3月18日、東京・八重洲の「Tokyo Living Lab」にて、連続イベント『Regenerative City Inspiration Talk〜東京からリジェネラティブな都市の未来について考えよう!〜』の第10回が開催された。テーマは「個の利益が自然と公益になっていく——食のイノベーションプロジェクトから学ぶ、誰もがハッピーなリジェネラティブ・プロジェクトの創り方」。ゲストは、自称「リジェネラティブ官民共創家」であり、ガーナで栄養改善プロジェクトのソーシャルビジネスを手掛けた高橋裕典氏だ。

 

前編では、高橋氏がアミノ酸の発酵工場勤務時代に発酵副生バイオマスのさらなる活用余地に気づいたことを原点に、多くの関係者と一緒に農家・流通・行政を巻き込んだ循環モデルを構築し、さらには佐賀のご当地グルメの「シシリアンライス」によるまちおこしのボランティア活動が、国家レベルのバイオマス政策へとつながっていく——その共創の軌跡を追う。

「三方よし」に未来を加える――リジェネレーションの原動力

高橋裕典氏は、東京工業大学(現・東京科学大学)で工学修士を取得後、佐賀大学で農業版MOT(技術経営)を、一橋大学でMBAを修め、東京建物の主催するイベントでリジェネラティブな考え方に目覚めたという「リジェネラティブ官民共創家」だ。さらに食品企業での研究職を経て、これまでに同社にて自治体や企業の枠を超えたプロジェクト推進を担っている。そんな高橋氏のキャリアの軸にあるのは「真に栄養のある食品を、真に栄養を欲する世界の人に、適正な技術・価格で、ビジネスとして継続的に届け、世界の栄養課題を解決する」というミッションだ。

 

その思いから、高橋氏はガーナに対する長年の情熱を持っていた。2006年当時、食品企業の発酵の研究者であった同氏は、アミノ酸における技術を「人間の赤ちゃん(離乳児)の栄養改善」に適用するプロジェクトを知り、同構想の考案者にガーナへの赴任を直訴。しかし、その方からは「現地で事業を担うにはまだ未熟、研究だけでなく、ビジネス経験と英語力も身につけてほしい」との助言を受けたという。それから13年、九州での発酵副生バイオマスの販売による営業現場の経験を経て、MBA留学、事業部を経て、財団への出向というかたちでようやくガーナ赴任を掴み取った高橋氏。ここから、現地での栄養改善プロジェクト(GNIP)に取り組むこととなった。

 

こうした情熱は、佐賀でのまちおこしやバイオマス産業都市構想での連携など、多岐にわたる活動の原動力となっている。特に発酵副生バイオマスを活用した農業のバリューチェーン構築のプロジェクトがJAPAN SDGsアワードや低炭素杯(現・脱炭素チャレンジカップ)を受賞したことは、高橋氏の共創プロジェクトが社会・経済の両面で持続的なインパクトを与えてきた証左といえる。

「結局、自分がワクワクしないと、義務感だけでは絶対に動けないんです」

 

高橋氏によると、リジェネレーションとは近江商人の「三方よし(売り手よし、買い手よし、社会よし)」に「未来よし」を加えた「四方よし」の概念であり、関わる全員がハッピーになる循環をデザインすることにあるという。

九州で挑んだ官民連携の循環モデル

このようにして高橋氏がリジェネラティブな視点を持つに至った原点は、佐賀県の発酵工場勤務時代にある。同事業所ではアミノ酸の発酵生産を行っているが、製造過程で「発酵副生バイオマス(発酵液)」と呼ばれる粘り気のある残渣が生じる。当時、工場ではこれを重油で乾燥させて肥料として販売することで資源循環に取り組んでいたが、高橋氏はそのプロセスにさらなる改善の余地を見出した。

 

「副生バイオマスを乾燥させるために、膨大な重油を燃やしていたのです。重油を燃やして資源を循環させているということに、強い違和感を覚えたのです」(高橋氏)

 

この課題に対し、高橋氏が導き出した理想は、バイオマスを乾燥させず液体のまま活用することでCO2とコストを削減することだった。しかし、当時主担当は高橋氏一人だったため、リソースはほぼないに等しい。そこでパートナーを探そうと九州経済産業局のメルマガの活用や地道な営業で2500社に及ぶPR活動を行い、10社ほど候補が見つかるも、発酵副生バイオマスは「ネトネトして使いにくい」という理由でことごとく断られてしまった。

 

壁にぶつかった高橋氏にとって転機となったのは、宮崎県のあるニンジン農家の知恵だ。その農家では発酵副生バイオマスを堆肥に直接混ぜていた。たい肥は藁や落ち葉、動物の排泄物などを積み重ねておき、自然に発酵させて作る、いわば天然肥料だ。微生物が牛糞などの有機物を約3カ月かけて微生物の力で分解する。その過程で熱が出るのだ。ニンジン農家いわく、堆肥の熱で副産物の水分が飛べばいい、という理由で、両者を混ぜたという。微生物が活性化して発酵熱が80度まで上がり、重油を使わずとも水分が自然に蒸発していたのだという。

高橋氏の作成資料

この自然乾燥の仕組みを軸に、高橋氏は堆肥施設との協業を開始。高齢化が進む農村では、堆肥の運搬・散布が重労働となっていたが、発酵副生バイオマスを既存の堆肥に混ぜるだけで使えるこの肥料は、作業を省力化しつつ、アミノ酸の豊富な肥料を安価に届けることができる。こうして、農家の労働環境と収益性の改善を同時に目指したのだ。さらに、アミノ酸の旨味成分が野菜の糖度を飛躍的に高めることもデータで証明され、「おいしくて環境に良い」という全員がハッピーになれるロジックが完成した。

 

さらに、肥料を単なる資材に留めず、消費と直接結びつけるため、九州地域を中心に総合スーパーや食品スーパーを展開する流通大手との協働に乗り出した。この流通大手は「安全・安心で環境にやさしい野菜・果物をお客様に届けたい」という思いを持つ企業だ。こうしてアミノ酸発酵工場、堆肥施設、牧場、契約農家、そして流通大手が一体となり、ブランド野菜・果物の構築プロジェクトを始動させた。

 

「面白かったのは、当初はそれぞれ関係者の懸念点の話題が中心でしたが、会議を重ねるうちに『いかに農家をハッピーにするか』という『農家を軸とした課題解決』という共通の目標に変わっていきました。そうなると、プロジェクトが非常にうまく回り始めたのです」(高橋氏)

 

関係者たちは会議を重ね、この肥料で育った野菜の活用を協議するうちに、自分たちの利益を超えたひとつのチームへと変貌し、佐賀市や流通大手とのつながりに発展するリジェネラティブな資産へと転換されたのだった。

遊び心が街づくりへとつながっていく

流通大手を中心とした野菜のプロジェクトと並行して、高橋氏は佐賀市と「佐賀市バイオマス産業都市構想」の実現に向けた取り組みにも協働を申し出た。この構想が、佐賀市下水浄化センターの汚泥堆肥に発酵副生バイオマスを混ぜることで、エネルギーや資源(メタンガス発電、たい肥等)を創出し、グリーン電力や地域の農業などへと余すことなく循環させることで、環境保全と経済発展の両立を目指す地域一貫型システムだ。このモデルは国の「ビストロ下水道連携協議会」を通じて、全国で同様の活動を実施している都市との連携協議会への参加も果たすこととなる。

 

 

高橋氏が佐賀市との連携を実現できた背景には、自身の趣味である「アメリカンフットボール」を通じて育んだつながりがあった。佐賀大学アメフト部のヘッドコーチを引き受けたことで地域に深く入り込み、そこで得たつながりから佐賀大学の起業家を育成する「鳳雛塾」に2年間通った後、有志で「佐賀勝活塾」を設立。掲げたモットーは、誰に頼まれるでもない「“勝”手に地域を“活”性化する(勝活)」ことだ。

 

その第一弾として始めたのが、佐賀のご当地グルメ「シシリアンライス」を盛り上げようというプロジェクトだった。高橋氏らは独自に市場調査を行い、さらには私費や個人寄付を募ってカッパのゆるキャラ「シシリアンナちゃん」を作成。そして4月4日を「シシリアンライスの日」と定め、佐賀市長に「シシリアン王国」の国王就任を提案したところ、市長も快諾。

「こうしたボランティア活動を通じて市長と仲良くなったことで、後に佐賀市下水処理場の担当者を紹介していただき、大規模なバイオマスプロジェクトへとつながっていきました」(高橋氏)

 

この“勝手な”熱意が生んだ信頼関係が佐賀市の担当者と連携することで、「佐賀市バイオマス産業都市構想」(下水汚泥と副生バイオマスを農業・エネルギーへ循環させる、国に選定された先進的な地域資源循環モデル)に融合することとなった。個人の「ワクワク」から始まった遊び心のあるアクションが、佐賀市の変革の思いを持つ行政の方々との出会いと協業を生み、結果として国家レベルの環境政策にも通じるリジェネラティブなうねりを生み出したのだ。

 

九州・佐賀で培った循環の思想を胸に、高橋氏はついに13年越しの夢だったガーナへと渡る。しかし待ち受けていたのは、「良い製品を作れば届く」という甘い現実ではなかった。後編では、その格闘の軌跡と、高橋氏の実践に触発された Inspiration Talk参加者たちの「小さなハッピー」をお届けする。

 

 

(文・須賀原みち/写真・後藤秀二/資料提供・高橋裕典)

プロフィール
高橋 裕典
Yusuke Takahashi
「リジェネラティブ官民共創家」

東京工業大学(現東京科学大学)生命理工学研究科修了、佐賀大学農業版MOT、一橋大学国際企業戦略科MBA。中小企業診断士。自称「リジェネラティブ官民共創家」。

佐賀のご当地グルメ「佐賀シシリアンライス」を用いたまちおこしや、工場と連携した佐賀市とのバイオマス産業都市構想の実現、九州地域における工場副産物を活用したバイオマス循環型農業プロジェクト、ガーナ政府と連携したソーシャルビジネスによるガーナ栄養改善プロジェクトなど、自治体から九州地区、日本国、ガーナ共和国へと官民連携の輪を広げながら、社会・経済の両面からプロジェクト推進を目指している。これからは、官民連携の輪を世界へと広げ、地球規模課題である温室効果ガス削減に取り組んでいきたい。 同氏が関連するプロジェクトでJAPAN SDGsアワード、低炭素杯ベストストーリー賞、地球温暖化防止活動環境大臣表彰等数度の受賞歴あり。