
ガーナの赤ちゃんを救う循環と、YNKに芽吹くハッピーの種――実践から見えたリジェネラティブの本質【Inspiration Talk 第10回 後編】
連続イベント『Regenerative City Inspiration Talk〜東京からリジェネラティブな都市の未来について考えよう!〜』第10回のテーマは、「個の利益が自然と公益になっていく——食のイノベーションプロジェクトから学ぶ、誰もがハッピーなリジェネラティブ・プロジェクトの創り方」だ。
レポート前編では、ゲストスピーカーである高橋裕典氏が九州・佐賀での実践を通じて「関わる全員がハッピーになる循環」を築いてきた軌跡を追った。後編では、その情熱がついに念願のガーナへと向かう。そこへ全力で立ち向かい、ガーナ政府との連携が可能となった「ガーナ栄養改善プロジェクト」が歩んだ道。そして、高橋氏の実践に触発された参加者たちが、八重洲・日本橋・京橋(YNK)エリアで描いた「小さなハッピー」のアイデアとは。
九州や佐賀での実績を得て、ついに念願のガーナへと渡った高橋氏がまず語ったのは、現地が抱える深刻な栄養失調の現実だ。
生後6か月から2歳までの慢性的な栄養不足による「スタンティング(発育阻害)」は、脳や身体の発達を妨げ、そのあとに栄養バランスを整えても回復しない。その結果、その後の教育も経済的な自立も難しくなる——そんな負のサイクルが、ガーナでは今も続いている。高橋氏は、世界銀行が算出する国際指標「人間資本指数(Human Capital Index)」(保健・教育環境をもとに、子どもの将来の生産性を表した数値)を例に挙げる。ここでは先進国が80点台(最高100点)なのに対し、ガーナは半分強の44点。その主因の一つがスタンティングなのだ。


(編集部注:画像「3歳の脳の大きさ」の資料はこちら)
「5歳までに脳の大きさが決まる成長プロセスは不可逆的です。一度スタンティングが起きてしまえば、その後の教育を受けても頭に入らず、経済状況も良くならないという負のサイクルから抜け出せません。そこで、アミノ酸の技術を、人間の赤ちゃん用へと応用し、栄養バランスを整えることができれば、この負の連鎖を断ち切る巨大なソーシャルインパクトになると考えました」(高橋氏)
こうして開発したのが、現地の伝統的なトウモロコシの粥(かゆ)「ココ」に混ぜるだけで、リジン(アミノ酸)やタンパク質、鉄分、ビタミンを補えるタンパク質・微量栄養素補助パウダーだ。
このプロジェクトの核心は、寄付に頼らないマーケットベースのアプローチにある。特に一時的な無償配布では、援助が止まればまた負のサイクルに舞い戻ってしまう。重要なのは、現地の原料を使い、現地で生産・販売し、母親が自らの意思で買って食べさせる循環を構築することだった。
しかし、優れた製品を作るだけではそのサイクルを実現できるわけでなく、最大の課題は「どうやって売るか」だった。高橋氏を含む日本人・ガーナ人のプロジェクトメンバーたちはまず、ターゲットである母親たちがもっとも信頼を寄せる保健機関の看護師に着目。その背景には、マーケティング調査の結果、ガーナで子供を持つ母親にとって、地元の保健所の看護師が最も身近で信頼のおける人というデータがあった。そこで、看護師が母子手帳の記録をもとに栄養失調に気づき、母親に栄養に関する教育を行い、栄養失調の解決策の一つとして製品を提案する“信頼のルート”を官民連携で作り上げていった。



さらに流通面では、既存の卸業者任せにせず、「現金直売システム」——現地のセールススタッフを一から教育し、一軒一軒の商店を回って在庫管理から陳列までを徹底する営業手法——を敢行した。地道に毎日繰り返した結果、1万店舗以上をカバーする強固な流通網を構築することができた。
このモデルは都市部を中心としたガーナ南部では機能した一方、人口密度が非常に低い北部での普及は難航を極めた。現地では看護師も不足していたため、現地で特別な研修を受けた栄養啓発員(ボランティア)による演劇を用いた教育や、母親に資金を貸し付けて商品を仕入れてもらうマイクロファイナンス的な試みも敢行した。
しかし、北部単体では課題(栄養失調)は深刻であるものの経済的自立は困難であるという現実に直面し、プロジェクト全体での「ブレイクイーブン(収支均衡)」を目指すというCross subsidization方式を採用した。人口の多い南部で事業基盤を築き、その成果を北部の活動にも展開していくという、ガーナ全体を一体で捉えたアプローチだ。現時点でブレイクイーブンの達成には至っていないものの、目先の収支にとらわれることなく、この長期的な戦略を粘り強く継続してきた。地域を跨いで事業全体の持続性を確保する視点こそが、受益者を最大化させるための鍵である。
そして現在、この取り組みは独自(財団)の活動の枠を超え、日本のICT企業との連携による看護師の診断サポートシステムや診断装置会社のマラリア・貧血診断技術と組み合わされた、日本政府が主導した「アフリカ健康構想(AfHWIN)」という官民連携の枠組みの一翼を担っている。

「一者で囲い込むのではなく、産官学民が連携することで、スピードもインパクトも飛躍的に大きくなります。現在では多くのガーナの赤ちゃんがこのタンパク質・微量栄養素パウダーを食べていると推定され、ガーナ政府もこのプロジェクトでの官民連携協定を当初の2025年から2030年まで延長する覚書を結ぶまでになりました。このマーケットベースのサイクルこそが、真の意味で持続可能なリジェネレーションなのだと思います」(高橋氏)



高橋氏のインプットトークを経て、参加者は4グループに分かれてのワークショップを行った。ディスカッションのテーマは「ハッピーリジェネアクション in YNK」ということで、高橋氏の「自分もみんなもハッピーになる」というマインドセットを受け、参加者たちが八重洲・日本橋・京橋(YNK)エリアを舞台にした具体的なアクションプランを練り上げていった。
ワークショップの幕開けに際し、Future Food Institute(FFI)の小野寺彩香氏が、リジェネラティブなプロジェクト構想のためのキーワードを改めて説明。マインドセットとしての「持続的繁栄の思考」、行動指針としての「リジェネレーション(再生的変容)」、「統合的エコロジー」でアプローチし、意思決定の仕組みは「地方分散/権限の分散」で考えていくことが重要だと強調した。
実際のディスカッションでは「気になる、課題の設定/テーマを考えよう」「将来的にどんなハッピーで満たされる?」「ファーストアクションは何にしようか?」という流れで、それぞれのグループが熱を帯び、活発に意見を交わし合った。

YNKエリアに「座る場所がない」という課題に着目したチームは、いっそ街全体を「椅子の街」として再定義することを提案。どこに椅子があるかを探し出し、エリアを広く使って奪い合う「大規模な椅子取りゲーム」を企画し、あえて「椅子を取り合う」というゲーム性を加えることで、知らない人同士のコミュニケーションを創出することを提案した。
別のチームからは、かつて日本橋が地方からの人々を受け入れる商業の中心地であった歴史を背景に、全国の学生が地元の産品を携えて訪れる「修学旅行プログラム」が挙がる。学生たち自身が地元産品の魅力を直接語ることで、都心のビジネスマンにも共感しながら購入してもらおうという設計だ。単なるイベントではなく、若い世代が「商いの原点」を体験し、地域と都市の経済が直接繋がるハッピーな循環を目指すという。

さらに3つ目のチームからは「人の繋がりが希薄」という課題が示された。そこで提案されたのは、街路樹の落ち葉を活用した「焼き芋大会」の開催や朝の「声かけ運動」。物理的な場と心の通い合いを同時に再生するアイデアに、会場からも大きな共感が寄せられていた。
最後に、登壇した高橋氏と参加者全員によるネットワーキングが行われ、会場には賑やかな声が響いていく。こうした議論の中にも、参加者が楽しんでリジェネラティブプロジェクト構想に挑むという姿勢が見て取れる。
高橋氏が国内外の活動をとおして証明してきたのは、マクロな課題解決も、突き詰めれば「自分がやりたい、ワクワクする」という一人ひとりの微かな情熱から始まるということだ。歴史あるYNKエリアに点在する再開発の隙間や路地にも、こうした小さなハッピーの種を受け入れる無限のポテンシャルが秘められている。

(文・須賀原みち/写真・後藤秀二/資料提供・高橋裕典)

東京工業大学(現東京科学大学)生命理工学研究科修了、佐賀大学農業版MOT、一橋大学国際企業戦略科MBA。中小企業診断士。自称「リジェネラティブ官民共創家」。
佐賀のご当地グルメ「佐賀シシリアンライス」を用いたまちおこしや、工場と連携した佐賀市とのバイオマス産業都市構想の実現、九州地域における工場副産物を活用したバイオマス循環型農業プロジェクト、ガーナ政府と連携したソーシャルビジネスによるガーナ栄養改善プロジェクトなど、自治体から九州地区、日本国、ガーナ共和国へと官民連携の輪を広げながら、社会・経済の両面からプロジェクト推進を目指している。これからは、官民連携の輪を世界へと広げ、地球規模課題である温室効果ガス削減に取り組んでいきたい。 同氏が関連するプロジェクトでJAPAN SDGsアワード、低炭素杯ベストストーリー賞、地球温暖化防止活動環境大臣表彰等数度の受賞歴あり。