
「継承」か「刷新」か——植物と暮らしを融合した、大多喜有用植物園のリブランディング【Inspiration Talk 第11回 前編】
2026年4月15日、東京・八重洲の「Tokyo Living Lab」にて、連続イベント『Regenerative City Inspiration Talk〜東京からリジェネラティブな都市の未来について考えよう!〜』の第11回が開催された。
ゲストスピーカーは、千葉県大多喜町で50年の歴史を持つ植物園のリブランディングを手がけたプロ・上村直人氏。「ハーブ」を「有用植物」と再定義し、地元の竹や廃材を生かした空間づくりで施設を刷新する一方、長年のファンとの間に生じた温度差とも向き合った。前編では、その実践の哲学と葛藤の軌跡を追う。
上村直人氏は、「食・場・クリエイティブ」の各領域を一気通貫でまとめあげるプロデューサーだ。これまでには、野村総合研究所でのコンサルティングや、デザイン会社でのクリエイティブディレクション、商業施設の企画開発や企業ブランディングといった多様な経歴を持つ。そんな同氏がここ3年ほど心血を注いできたのが、千葉県大多喜町にある『大多喜有用植物苑(旧・大多喜ハーブガーデン)』のリニューアルプロジェクトだ。
『大多喜有用植物苑』は、約50年の歴史を持つ老舗の植物園で、経営破綻を経て23年にユニバーサル園芸社が取得。同社会長の「直感」とも言える判断で引き継がれたこの施設のリブランディングを、クラフトジンブランド『HOLON』創業者・堀江麗氏の紹介をきっかけに、上村氏プロジェクトに加わることとなった。そして上村氏は、このプロジェクトを単なる施設のリニューアルではなく、前世代が築いた文化を引き継ぎ、自分たちやその先の世代へとバトンを繋いでいく「世代交代」のプロセスとして捉えている。

「地方のプロジェクトでは、今あるものをどう作り変えていくか?を議論することが多いです。古い施設を壊して新しいものを作るのではなく、過去の文化のどこを引き継ぎ、どこを自分たちなりに変えていくのか。その検討というのは、アップデートともリニューアルとも違う、世代間の対話を通じた再生の形だと思います」(上村氏)

そして同プロジェクトを推進する上で上村氏が重視したのは「アイデンティティの探索」。時代に取り残された観光施設を単なる”箱もの”として見るのではなく、自分たちの哲学で意味付けし直すことを決めた。そして、「自分たちは本当にこれを必要としているのか」「友人を連れて来たい場所か」という極めて個人的なものさしを議論のど真ん中に据え、クライアントと数ヶ月にわたるセッションを繰り返した。
「借り物の文化ではなく、自分たちの足元にある文脈こそが最大のユニークネス(独自性)になる。そこを自覚し、妥協せずに形にしていくことが、結果として強い軸を生み出すことになります」(上村氏)
こうして施設リニューアルの核となったのは、現名称にも使われる「有用植物」という概念だ。これまで「ハーブ」という言葉は、西洋の香り高い植物を指す狭義の意味で捉えられがちだったが、本プロジェクトでは、これを「人の生活に何かしら接点のある植物」という広義の意味へと拡張した。

「道端に生えている植物を単なる”雑草”と見なすか、自分の生活に引き寄せられる”有用なもの”として捉えられるか。その解像度の違いが、人と植物の新しい関係性を生みます。先人たちが生活に役立ててきた知恵を継承しつつ、現代のデザインや技術でその価値を翻訳し直す。それが『大多喜有用植物苑』の掲げる『有用植物』のあり方だと、私は解釈しています」(上村氏)
プロジェクトとしてこの過程で注目したのは、日本やアジアの植物文化の源流にある「照葉樹林文化論」という考えだった(編集部註:日本を含むアジア一帯の照葉樹林地帯に、発酵食品や漆など共通の生活文化が根付いているという学説)。日本、そして千葉という土地の文脈に目を向け、世界的に有名な地層「チバニアン」や、その独自の生態系を紐解きながら、園内の植物を「日本とアジアの有用植物」に特化することを決定。どこか懐かしく生命力に満ちた照葉樹林文化を補助線としながら、そのユニークさが、都市生活者が求める「失われた自然との接点」として海外からも評価されることにも期待を込めた。

また、『大多喜有用植物苑』の空間設計では、その土地の資源と“手仕事(クリエイティブ)”を融合させたデザインを追求している。象徴的なのが、地元大多喜産の竹を用いた建築要素だ。庭の「ガーデンリビング」に設置された竹屋根は、バリ島の伝統技法を取り入れ、竹一本ずつの取り替えが可能な構造となっている。また、全長約20メートルの巨大なテーブルは、バリで製作された竹の構造体に土壁と同じ左官仕上げを施したもので、釘を一切使わずに組み上げられている。

「テーブル製作では、素材の竹が曲がっていて左官も乾きにくく、オープン日に使えないかもしれないという心配もありました。それでも、自分たちにコントロールできない自然物を取り込むからこそ、生まれる質感があります。さらに、つくる過程での“大変さ”というのは、スタッフやお客様との話のタネとなる”語りしろ”や愛着へと変わっていくのです」(上村氏)
そのほかにも、以前の施設で使われていた枕木を洗い直して再利用したウッドデッキや、スタッフ自らが柿渋染めした和紙を貼り重ねた壁、地元の人々と共に作った日干しレンガなど、随所に“この地との繋がり”と“自分たちの手による再生”を同居させた。

このプロジェクトを支えているのは、同じ価値観やコミュニティを共有した多様なメンバーたちだ。建築家やインテリアデザイナーのほか、スペシャルティコーヒーの先駆者、薪火調理の名店出身のシェフ、植物を使ったノンアルコールドリンク開発の得意なバーテンダーなどが名を連ねる。
また、同氏がかねて信頼を置くメンバーに加えて、その土地ならではの「地縁」も積極的に活用した。大多喜に拠点を置く蒸留所『mitosaya』をはじめ、千葉県・一宮にあるスペシャルティコーヒー店『Overview Coffee』など、すでに地域に根を張っているプレイヤーやクリエイターとの関係性を少しずつ拡大。また、施工を地元の建設会社に依頼するなど、地域との信頼関係を丁寧に築き上げることで、外から来た人も孤立することなく、土地の資源と最先端のクリエイティブを混ぜ合わせる体制を整えていった。

こうして3年かけて大々的なリニューアルを進めていった。またその裏側では、古い施設ならではの見えないインフラの整備や行政との調整にも丁寧に向き合い、プロジェクトリソースの多くがそうした基盤整備に充てられた。
「こうした土台作りこそが、最も重要で時間のかかる部分でした。不完全なものを引き受け、現代の基準にアップデートしていくというプロセスは、継承という仕事をする上で避けられないものです」(上村氏)

そして、26年4月に念願のリニューアルオープンを果たす。しかしすぐに、50年来の歴史を持つ施設ゆえの熱心な旧来からのファンの声に悩まされることとなった。
「おそらく“リニューアル”という言葉が、かつてのファンに“以前のスタイルのままでのバージョンアップ”を期待させてしまっていたのではないかと。リニューアルといいながら、実際には大きな方向性の転換を図ったことが、一部の反発につながってしまったのかなと思います」(上村氏)
それでも、上村氏は「期待を裏切ってしまった申し訳なさはありますが、リスクを取ってでも自分たちの世代の旗を立て、10年、20年先を見据えた投資回収とビジネスモデルを構築することが、継承の本質だと考えています」と話す。特に、以前は入園無料だったものにがかかることへの抵抗感に対しては、次のように応答する。

「植物を美しく保ち、温室の空調を維持し、庭師を雇用し続けるには、莫大なコストがかかります。“良いものには対価を払う”という循環を作らなければ、文化は持続しません。なので、私たちとしてはガイドツアーやワークショップなどを通じて、“入園料を払ってでも来たい”と思ってもらえる圧倒的な体験価値を提供することを目指しています」(上村氏)
既存のファンから届く貴重な意見を受け止めながらも、「自分たちの世代の旗を立てる」と言い切った上村氏。後編では、この施設が目指す「植物編集者」という新しい担い手の構想と、参加者たちが議論した「地元に受け入れられ、さらに進化するためのアイデア」をお届けする。
(文・須賀原みち/写真・後藤秀二/資料提供・上村直人氏)

野村総合研究所、Loftwork、301を経て独立。現在は、商業施設やカフェの開発、地方での宿づくり、物件リーシング、マーケットイベントの企画など「食・場・クリエイティブ」が交差する領域で活動。システム構築から現場実装までを横断してきた独自の視点を武器に、戦略立案から運営までを一気通貫でプロデュースする。