2026.07.01

「植物編集者」が集う場所へ——千葉・大多喜で50年続く植物園が描く未来と、地域に根ざす知恵【Inspiration Talk 第11回 後編】

前編では、上村直人氏がプロジェクトメンバーとともに『大多喜有用植物苑』のリブランディングに込めた哲学と、その実践の軌跡を追った。「ハーブ」を「有用植物」へと再定義し、照葉樹林文化や地元・大多喜の竹といった土地の文脈を丁寧に編み込んでいく一方、50年来のファンの間に生まれた戸惑いにも誠実に向き合いながら、それでも「自分たちの世代の旗を立てる」と言い切る覚悟が語られた。後編では、この施設が単なる観光地を超えた「植物編集者のプラットフォーム」へと進化していく構想と、参加者とともに議論された「地元に愛され、さらに進化するためのアイデア」をお届けする。

『大多喜有用植物苑』と「植物編集者」の可能性

上村氏は『大多喜有用植物苑』に、単なる観光施設以上の可能性を見出している。同氏は、リニューアルに携わった多様な人々を「植物の魅力を現代の生活に翻訳する役割を担う存在」としての「植物編集者」と呼び、この地を彼・彼女らが活躍できるプラットフォームとする構想を掲げている。

「庭師はもちろんのこと、シェフやバーテンダーと一緒に山へ行くと、その人たちは山の中で料理やお酒に使えそうな植物をすぐに見つけるなど、驚くべき解像度でその土地やそこにある資源を活かす視点を持っていることがわかります。そのように、一から何かを創り出すのではなく、既存の植物や土地の文脈をどう生かし、何を編み込んでいくか。そうした”編集”の視点を持ったクリエイターをこの場所を基点に増やしていきたい。ゆくゆくはこの地を舞台に、アーティスト・イン・レジデンスのような形で世界中から多様な才能が集まり、新たな価値を創発していく場を目指しています」(上村氏)

『大多喜有用植物苑』の具体的なロードマップとして、今後3年で四季連動のコンテンツ運用を確立し、年間来場者数9万人を目標としている。3〜5年目には、有機栽培から始めたアジアのハーブの卸事業などを展開し、5〜7年目には、オーベルジュのような宿泊機能を備えた滞在型施設へと進化させる計画だ。さらに上村氏はこう続ける。

 

「はじめから文化構想を語るより、まずはこの施設が自分たちの生活に繋がっていくために何ができるか?を考えながらやっていく。それを5〜10年というスパンで続けられる体力と仕組みにできれば、気づいたらそれが”文化”になっていると思うんです。『ハーブは西洋のもの』というイメージが、『日本やアジアにもあるよね』という会話が自然と出てくるようになるような。そこから、日本やアジアの有用植物が自宅のキッチンにスパイスやハーブとして普通に並んでいる日常がつくれたらうれしいですね。それが、このプロジェクトを通じて僕がやりたい文化のリジェネレーション”です」(上村氏)

『大多喜有用植物苑』が地元で受け入れられ、より進化するためには

トークセッションの後半は、参加者を交えたワークショップの時間へ。上村氏は現在抱えている「お悩み」を2つ挙げ、参加者とともに議論を深めていった。

最初の上村氏の悩みは、「リニューアルによって足が遠のいてしまった既存のファンに、どうすれば新しい姿を共感してもらい、一緒に場を育てる仲間になってもらえるか」というもの。この背景分析として、前身となる『大多喜ハーブガーデン』時代からの熱心なファンにとっては、ハーブの定義の変更や入場料の有料化によって「自分たちの居場所が奪われた」という喪失感に繋がっていたのだろうといった声が上がった。

 

そこから、イベント参加者はさまざまな解決のアプローチを打ち出していく。例えば、ある参加者は、青森県・八戸で地元の人々が集まって早朝カフェが開かれている事例を引きながら、『大多喜有用植物苑』でも早朝の時間帯は地元の人が無料で入場できる仕組みを提案。植物目的での来場者との時間軸を分けることで、地元の人がその場と接点を持ちやすい時間をデザインしてあげるというアイデアが挙がると、上村氏も深くうなずいていた。

 

また、別の参加者からは入場料に対するアカウンタビリティ(説明責任)の重要性が指摘された。「900円の入場料のうち、何円が土壌作りや庭師の雇用に充てられているかを可視化するインパクトレポートを作成することで、入場料が果たす投資としての意味を伝えるべきでは」という提案に対し、上村氏も「現実的な話も含めて整理することで、ファンや関係している人たちへ公開する責任があるかもしれませんね」と共感を示した。

続いて上村氏が挙げたのは、「シェフやバリスタ、庭師、蒸留家といった人間と植物を翻訳作業してくれる『植物編集者』、そしてその活躍の場を増やすためには?」という問いだ。

 

これに対し、参加者からはデンマークの教会を食堂に再生したコミュニティスペース「アブサロン(Absalon)」の事例や、大勢で食卓を囲む「コミュナルディナー(Communal Dinner)」の概念が提示される。これらは多世代が料理や食事を共にする場であり、ここに植物編集者が介在することで、地域農家の食材の価値を再発見し、対話を通じて植物を生活文化へと落とし込む、いわば「コミュニティのハブ」としての可能性といえるだろう。

 

また、『大多喜有用植物苑』の発展型として、ロシアの家庭菜園付きの別荘「ダーチャ」のように都市生活者が”第二の庭”として植物園に関わる仕組み、あるいは園内にいる庭師やシェフといった専門家の営みそのものをパフォーマンスとして価値化するテーマパーク的なモデルなど、「植物編集者」が活躍するためのさまざまなアイディアは尽きることがなかった。

こうした議論が盛り上がる中で、熱烈な植物愛好家である参加者からは「ターゲットを外に据えて海外の人を呼びたいのであれば、今のコンセプトでも問題ないでしょうし、入場料はもっと高くていいと思います。ただ、エントランスや食堂を、多くの人に受け入れやすいおしゃれなスペースにするとしても、庭園についてはより上級者向けであってほしい」という、愛好家ならではの率直な声もあった。

 

最後に、千葉県で有名飲食店を手がける参加者から「大多喜周辺は移住者の方が多く、薬草園併設の蒸留所や、月に1日だけ営業するチーズ工房など、面白いことをやっている人が多い印象です。自然や美味しいものといった見どころも満載なので、周りと手を取り合い地域で連携できればすごく素敵な場所になると思います」と力強いエールが送られた。

 

「継承」とは、過去から受け取るだけでなく、同じ時代を生きる仲間たちと一緒に試行錯誤しながら、次の世代へとつないでいくものでもある。上村氏が語った「文化のリジェネラティブ」は、こうした対話の積み重ねの中から、少しずつ形になっていくのだろう。

 

(文・須賀原みち/写真・後藤秀二/資料提供・上村直人氏)

プロフィール
上村 直人
Naoto Uemura
プロジェクトディレクター

野村総合研究所、Loftwork、301を経て独立。現在は、商業施設やカフェの開発、地方での宿づくり、物件リーシング、マーケットイベントの企画など「食・場・クリエイティブ」が交差する領域で活動。システム構築から現場実装までを横断してきた独自の視点を武器に、戦略立案から運営までを一気通貫でプロデュースする。