
八重洲のオフィスで海藻を食べると、湯河原の海がよみがえる——都市と産地が「足りないものを補い合う」循環のつくり方【後編】
東京のオフィス街で食べる海藻の一皿が、遠く離れた地域の海をよみがえらせる——。そんな未来を八重洲から実現しようとしているのが、海藻の栽培を通じて海の生態系の回復に挑む合同会社シーベジタブルだ。
前編では、天然採取に頼ってきた海藻を、人の手によって研究し育てる技術の確立と、初の常設拠点「シーベジスタンド」や「SEAVEGE- Kitchen Lab」誕生の経緯をたどった。後編では、神奈川県湯河原町・東京建物との三者連携で進む「湯河原モデル」と、異業種を巻き込む共創プロジェクトから、都市と地域が補い合う循環の未来像を、引き続き同社共同代表・友廣裕一氏に聞く。
八重洲での飲食体験の提供と並行して、シーベジタブルは産地となる地域コミュニティの再生にも深く関わっている。その象徴が、シーベジタブル、神奈川県湯河原町、そして東京建物の三者が2025年に締結した包括連携協定に基づく「湯河原モデル」だ。

「湯河原モデル」とは、水産資源の枯渇に悩む沿岸地域と都市の企業が連携し、海藻栽培の社会実装と海の生態系の回復を目指す取り組みだ。鍵となるのが「企業版ふるさと納税」——企業が自治体の地方創生事業に寄付をし、税額控除を受けることができる制度である。
というのも、海域ごとに環境が異なる海藻栽培の実証には2〜3年かかり、その間は売上が立たない。この期間の研究開発費を、スタートアップが単独で賄い続けるのは難しい。そこで同制度を突破口に、魚の深刻な不漁に悩む湯河原町と、同町に保養所を構えていた縁を持つ東京建物が合流。官民連携による新たな産地づくりが動き出した。
「湯河原での実証実験は2年目を迎えており、現在は希少な海藻『ハバノリ』や『アカモク』の量産化を進めているところです。特にハバノリは天然物が激減しており、その主要な加工物である板海苔1枚が2,000円近くまで高騰しているので、地域の伝統的な食文化を守りつつ、漁師さんの新たな収益源を確立する足がかりになるのではないかと考えています」(友廣氏)

湯河原での栽培実証を前に進める一方で、不可欠となるのが「都市の圧倒的な消費力との接続」だ。漁師が安心して栽培に踏み切るには、安定した需要が欠かせない。そこで、東京建物が再開発組合の一員として参画し、2026年10月に開業を迎えた「TOFROM YAESU TOWER」のウェルビーイングフロアで、食堂やカフェ機能などを有する「Wab.」を皮切りに、オフィスビルを舞台とした日常的な消費の出口づくりが進められている。都市と地域を有機的につなぐ「バイオリージョン」(行政の区分ではなく、生態系や資源のつながりでとらえた地域圏)の実例といえるだろう。
「昔のCSR(企業の社会貢献活動)のように、遠くの砂漠に木を植えて『寄付をしました』で終わる活動では手触り感がありません。それよりも、オフィスビル1棟にいる約1万人ものワーカーが、日々の食事で海藻を食べる。海苔は40%、すじ青のりは約30%のタンパク質を含みます。青のりの鉄分はほうれん草の約80倍もあって、ミネラルの塊であり、腸内の善玉菌の餌となる水溶性食物繊維も豊富です。
都市で働く人たちが海藻を食べて健康になり、その確かな消費が遠く離れた湯河原の海を再生し、地域の漁業を潤す。お互いに足りないものを補い合う、地に足のついた循環こそが、私たちが目指す共創の姿です」(友廣氏)

都心のビルでの消費と産地を結ぶ試みは、東京建物との取り組みにとどまらず、他企業や教育現場へも広がっている。持続可能な循環のモデルとして友廣氏が期待を寄せるのが、職域食堂や学校給食など、日常の食の場との連動だ。先述の「TOFROM YAESU TOWER」での展開以外にも、パナソニックグループの社員食堂における定期的・継続的な海藻メニュー提供の取り組みをはじめ、従業員を起点とした消費行動の変容促進により着実な消費を生み出している。
こうした日常での消費の場を広げると同時に、2026年秋には、さまざまな企業・人・地域とともに進める共創プロジェクト「SEA VEGETABLE CYCLE」が開始した。日本橋髙島屋、DEAN & DELUCAなど多様な業態を巻き込み、同時多発的に海藻の新しい食体験を提案していく。東京建物も、「TOFROM YAESU TOWER」や大丸東京店、そして八重洲・日本橋・京橋エリアの老舗飲食店とともに、海藻フェア「YNK海藻グルメさんぽ」を2026年11月9日〜12月4日に開催する。

消費の輪は、次世代の食卓にも及ぶ。横浜市の学校給食で同社の「すじ青のり」が採用されたことを機に、給食と授業を組み合わせたモデルも進行中だ。そして、海藻のポテンシャルは食だけにとどまらない。2025年春、シーベジタブルは異業種とともに次世代産業を構想する共創プログラム「SEA VEGETABLE Co Creation Project」を始動。参加企業が海藻の生態や現場への理解を深めながら、自社のアセット(技術や資源などの強み)と海藻を掛け合わせ、新たな事業やプロダクトの創出を目指す半年間の実践プログラムだ。1期・2期合わせて20社以上の企業が参加し、セブン‐イレブンやサントリーホールディングスをはじめ、金融、コスメ、電機メーカーなど多彩なプレイヤーが集う。
「何度か『海藻で新素材やバイオプラスチック、燃料を作れないか』といった相談が寄せられたことがあったのですが、まずは海藻について知りたいということでレクチャーや現場視察の対応を何度もすることがあり、個別対応をしていく限界を感じていました。そこで複数企業で合同のプログラムを通じて海藻への解像度を徹底的に高めてもらい、各社のアセットと掛け合わせた事業アイデアをワークショップで形にしています。
その結果、大規模栽培の現場では電機メーカーと協業し、量産に必要なエンジニアリングや工学技術の知見をお借りすることもはじめています。僕らは生物のプロですが、機械のプロではない。自分たちだけで会社を大きくして全部を抱え込むのではなく、多様な企業に海藻という自然資本をインストールしてもらい、共創のインパクトを最大化していきたいのです」(友廣氏)
失われゆく海の生態系を取り戻し、人々の健康を支えながら、都市と地域の新たな循環をつくり出す。海藻という小さな自然資本から始まるリジェネレーションの波は、都市と地域、企業と生活者を巻き込みながら、確かな広がりを見せている。

「気づいたら世界がリードしていて、日本固有の文化だったはずの海藻が『海外のトレンド』として逆輸入されるような事態は絶対に避けたい。日本が縄文時代から温めてきたこの豊かな食文化と歴史を、最先端の研究とオールジャパンの企業連携によって、日本から世界へ発信していきたいと思っています」(友廣氏)
(文・須賀原みち/写真・梶礼哉)

大阪府出身。大学卒業後、全国の農山漁村を訪ねる旅の中で蜂谷と出会い、ビジネスプランの構想を手伝った縁から共に合同会社シーベジタブルを創業。地域での事業立ち上げなどを経て、現在はシーベジタブルにおける組織づくり、企業との事業開発、東京・八重洲の飲食拠点の立ち上げなどを推進。人や組織をつなぎながら、新たな海藻食文化を社会へ広げるべく駆け回る。