2025.10.28

「ネットポジティブ」と「共進化」——リジェネラティブ・シティを構成する思想と世界の実践【Inspiration Talk第3回 前編】

「サステナビリティの、その先へ」——。環境問題への意識が社会の共通言語となる中、次なるパラダイムとして「リジェネラティブ」という概念が注目を集めている。それは単に環境負荷をゼロに近づけるのではなく、人間社会や経済活動が地球環境や生態系をより豊かにしていく、ネットポジティブな状態を目指す思想だ。では、その考え方を私たちが暮らす都市に実装するには、何が必要なのだろうか。

 

7月16日、東京・八重洲の「Brillia Lounge」で、連続イベント『Regenerative City Inspiration Talk』の第3回が開催された。今回のテーマは「世界に学ぶリジェネラティブ・シティ~リジェネラティブなまちづくりに必要なものとは~」。ゲストには、東京大学大学院で都市工学を専門とし、リジェネラティブ・シティ研究の第一人者である中島弘貴氏を迎えた。設計事務所での実務経験を経て現在は大学で都市計画やまちづくりを研究する中島氏は、学会誌や『WIRED』誌の企画・監修など、この分野のフロントランナーとして活動している。

 

会場には都市計画やまちづくりに関わる専門家から一般の市民まで、多様な背景を持つ参加者が集まる中、リジェネラティブ・シティの本質と世界の実践例、そして東京の未来について議論が交わされた。

ネットポジティブと共進化——リジェネラティブの本質を読み解く

「リジェネラティブとは何か」。

 

中島氏の講演は、根源的な問いから始まった。「リジェネラティブ」は日本語では「再生」と訳され、「人間も自然の一部と捉え、社会生態系の回復と繁栄を目指すもの」と説明されることが多い。これに対し中島氏は、研究から導き出した独自の定義を提示する。

 

「自然生態系だけでなく、人間のウェルビーイングやコミュニティも再生し、人工物が適正に管理され、社会や経済も同時に再生しよう、というネットポジティブ志向の考え方です」

 

この定義の根幹をなすのが、「ネットポジティブ」「共進化」という2つの特徴だ。人間活動によって社会生態系に正味プラスの影響を与える「ネットポジティブ」であること、そして土地の固有性を踏まえた多主体による「共進化(Co-evolution)」を継続化することである。

 

「私はこの共進化を、一石N鳥と呼んでいます」と中島氏は説明する。

 

「一つの取り組みが、自然にとっても、人間にとっても、コミュニティにとっても、経済にとっても良い。そうすることで、取り組みが続いていく。一度だけホームランを打ってネットポジティブになっても、それが続いていかなければ意味がありません」

人新世における新たな関係性の構築

この思想の核心にあるのは「人と自然とモノの関係性の再構築」という視点だと、中島氏は指摘する。現代は、人工物の総量が地球上の生物資源量(バイオマス)を上回る「人新世」と呼ばれる時代だ。私たちはスクラップ&ビルドを繰り返し、クレームが来ないように管理の要らない材料に頼る「メンテナンスフリー社会」を目指してきた。

 

その結果、人とモノとの関わりが希薄になり、コミュニティは生まれにくく、自然は破壊され、三者の関係性は断絶されてしまった。

 

「廃村を研究している生態学の先生によると、廃村は簡単には自然に戻らないそうです。里山と同じで、人の手が入らないと健全な状態は保てない。リジェネラティブとは、そうした人と自然とモノの関わり合いを通じて、コミュニティや自然生態系を再生するような人工物との付き合い方に変えていこう、という考え方です」

従来のサステナビリティとの違いは明確だ。環境性能認証を取得した建築は最低基準を積み上げる過程でデザインの個性が削ぎ落とされ、画一的になりがちだと批判される。これに対しリジェネラティブなアプローチは、ある部分は尖り、ある部分は凹んでいるかもしれないが、全体としてプラスになるような都市や社会を目指すものだという。

 

さらに中島氏は、脱炭素や資源循環といった環境問題と少子高齢化のような社会問題を切り離さず、同時に解決するシナジーの重要性を強調する。一見すると相反したり、無関係に見えたりする課題群を同時に解決するような”関わり合い”を再生することこそが「リジェネラティブ・シティ」の本質だと定義した。

思想の系譜——近代黎明期から現代への道のり

この「リジェネラティブ」という概念は決して突如現れたものではない。中島氏はその歴史的背景を丁寧にひも解いていく。

Brooklyn Grange photo by Ian Bartlett(wikipedia)

人と自然が繋がっているという生態学的な考え方は、近代以前には当たり前のものだった。

例えば、近代都市計画の父とも呼ばれる生物学者であり、教育学者であったパトリック・ゲデスは都市を単体で見るのではなく、山から海までを一体として捉える「地域(Region)」という概念を提示した。現代の都市は、炭素を吸収してくれる山や海との関係が断ち切られてしまっている。リジェネラティブ・シティとは、この「地域」という単位で都市を捉え直し、自然との関係性を再構築する試みだといえる。

 

しかし近代化の過程で、自然は人間が征服すべき対象と見なされるようになる。その思想が行き詰まりを見せるなか、リジェネレーションの概念は1970年代後半から80年代にかけて登場した。

 

最初に「リジェネラティブ」という言葉を用いたのは、有機農業のパイオニアであるロバート・ロデール。その思想はパーマカルチャーから発展していった。

 

そこでは、生態系の複雑性を前提に、土壌の炭素含有量を増やす「土の健康」を再生することが重視された。人間だけでなく、非人間である土そのものとの関係性を問う視点が当初から埋め込まれていたのだ。

 

この生態学的な考え方を都市計画に導入したキーパーソンが、建築家のジョン・T・ライルである。ライルは、1994年、『Regenerative Design for Sustainable Development』を出版し、この概念を建築・都市分野で体系化した。彼は環境危機の核心を「土地の条件に適応したユニークな場所や多様なネットワークを、管理しやすいように均質で単純なデザインに置き換えてしまうこと」だと看破している。

 

その後、ライルが提唱した思想の一部は「サーキュラー・エコノミー」という概念に発展し、広く普及。そして現在、より大きな視点から社会システム全体を見直そうとする動きとして、「リジェネラティブ」が再び世界中で注目を集め始めているのである。

世界の実践例から学ぶ3つのアプローチ

では、このリジェネラティブという思想を、具体的にまちづくりにどう落とし込めばよいのか。中島氏は実践にあたって向き合うべき「3つの問い」を立てる。

 

1:複数の規範があるなかで、同じ空間で統合的にネットポジティブを実現するにはどうするか

2:市街地がもたらすネガティブな影響を踏まえ、全体でネットポジティブを達成するにはどうするか

3:共進化はどうすれば起こせるのか

 

これらの問いに応えるため、中島氏は世界の実践事例を「空間」「連携」「仕組み」という3つのレベルに分けて紹介する。

【レベル1:空間】シナジーを生み出す街区・地区のデザイン

空間レベルとは、目に見える場所やスペースでシナジーを生み出すアプローチだ。中島氏が挙げたのは、メキシコのリゾート『Playa Viva』の事例。このプロジェクトは、単にオフグリッドなリゾート施設を作るだけでなく、地域の雇用創出、単一栽培で劣化した生態系の回復、有機農業の教育プログラムによる流域浄化、そしてブランド価値の向上による経済的成功までを一体的に実現している。まさに、生態系と地域の文化・経済が”共進化”するモデルと言えるだろう。

 

また、より都市的な文脈では、パリの『Paris Oasis Schoolyard Programme(オアシス校庭プログラム)』が紹介された。これは熱波対策として学校の校庭を緑化する取り組みだが、同時に子供や高齢者といった社会的弱者のための涼しい避難場所を提供するという社会的側面も持つ。小学校区という身近なコミュニティ単位で実施されている点も特徴的だ。

【レベル2:連携】都市と農村間の連関の構築

次に「連携」レベル。一つのエリア単体でネットポジティブを達成するのは難しいため、都市と農村の連携のように、エリアの外とどう繋がるかが重要になる。

 

その先進事例が、リジェネラティブな建築認証制度『Living Building Challenge』だ。この認証では、開発した面積と同じだけの森林を地方で保全するなど、敷地外の環境再生に貢献することが取得条件に含まれる。都市開発が農山漁村の再生に直接繋がる仕組みとなっている。Google本社のような巨大プロジェクトからシアトルのホームレス支援シェルターといった小規模な施設まで、多様なスケールで認証が取得されている点もその社会的包摂性を物語っている。

 

また、デンマークでは観光客が農作業を手伝うと特典が受けられるプログラムが検討されるなど、一時的な滞在者をも地域の貢献者に変える仕組みが模索されている。

【レベル3:仕組み】ボトムアップを統合するメカニズムデザイン

そして最も重要になるのが、個人の活動を全体の動きに繋げる「仕組み」のデザインだ。

 

中島氏はまず、オランダ・アムステルダムの『オーガニック・ディベロップメント』を例に挙げる。これは、市民による自然発生的で同時多発的な活動を行政が後から繋ぎ合わせ、支援するアプローチだ。また、スペインのバルセロナでは、地域のイノベーションエコシステムをモニタリングし、どのプロジェクトで誰が連携しているかを可視化するツールが開発されている。これにより、キーパーソンを発見したり、新たな連携を創出したりすることが容易になるという。

 

さらに、北欧などでは食べられる植物の場所を共有したり、都市計画案に直接意見を述べたりできる「地図版Facebook」のような市民参加型プラットフォームも登場している。

 

こうした“共進化(一石N鳥)”を体現する象徴的な事例として、中島氏はアメリカ・ニューヨークにある世界最大の屋上農園『ブルックリン・グランジ』について詳説する。このプロジェクトは、単なる都市農業ではない。

 

「グリーンインフラのための助成金、製造業維持のための補助金、建物の定期的な保全、雇用創出など、様々な制度が組み合わさって実現しています。例えば、製造業維持の補助金の条件として『30年間は建て替えない』というものがある。これにより建物の保全に繋がり、建て替えないなら屋上緑化をしよう、というふうに話が繋がっていくのです」

 

かつて補助金の多重取りは批判の対象だったが、縦割りにならざるを得ない行政の仕組みを結びつける民間の役割が今や不可欠となっている。資金や制度を巧みに積み上げる「スタッキング」と呼ばれるこの手法こそ、リジェネラティブなプロジェクトを実現する鍵なのだという。この農園は、低所得者層への野菜供給、都市の洪水リスク低減、環境教育、さらには結婚式やヨガのイベントスペースとしても活用され、4つも5つもの”鳥”、すなわち価値を生み出す複雑な仕組みとなっている。

 

(文・須賀原みち/写真・後藤秀二)

世界の先進事例から見えてきたのは、リジェネラティブな都市づくりには「空間」「連携」「仕組み」という多層的なアプローチが必要だということだ。そして、それらを貫く思想こそが「ネットポジティブ」と「共進化」という二つの柱である。

 

では、これらの知見を踏まえて、私たちが暮らす東京をリジェネラティブな都市に変えていくには何が必要なのか。後編では、中島氏と参加者が交わした議論から、日本の課題と可能性、そして具体的なアクションについて探っていく。

プロフィール
中島 弘貴
Hiroki NAKAJIMA
東京大学大学院
工学系研究科 都市工学専攻 特任講師
専門 都市工学

1988年生まれ。設計事務所(ria)勤務を経て、2020年東京大学院工学系研究科都市工学専攻博士課程修了、2021年4月より同大学未来ビジョン研究センター・連携研究機構不動産イノベーション研究センター特任助教を経て現職。博士(工学)。一級建築士。