
中間組織が生み出す食のエコシステム——スペイン・バスク地方に学ぶ共創のまちづくり【Inspiration Talk 第4回 前編】
東京の未来をリジェネラティブな視点から考える連続イベント『Regenerative City Inspiration Talk』。その第4回が8月20日、東京・八重洲のTokyo Living Labで開催された。
今回のテーマは、食の先進地であるスペイン、イタリアの事例から食を通じたまちづくりのヒントを探ること。食のエコシステムづくりを目指し、日本のフードテック分野を牽引してきたUnlocXの田中宏隆氏と岡田亜希子氏、そして東京建物で食とイノベーションを推進する沢田明大氏の3名をゲストに迎え、これまでとは趣向を変えたトークセッション形式でイベントが行われた。
ファシリテーターとして参加したFuture Food Instituteの深田昌則氏の進行のもと、欧州のダイナミックな実践から東京が学ぶべき本質が浮かび上がった。
トークセッションの口火を切ったのは、『フードテック革命 世界700兆円の新産業 「食」の進化と再定義』(日経BP)や『フードテックで変わる食の未来』(PHP新書)の書著をもつ田中氏と岡田氏。二人が設立したUnlocXは「50年後、100年後の世代からありがとうと言われる仕事」の創出を目指している。
その原点は、日本のフードテックコミュニティの中核である「SKS JAPAN」の創設と、2018年にイタリアのカンファレンスで体験した衝撃にある。
岡田氏は、「ビジネスだけでなく、社会システム全体を変えなければならないという視点に強く共感しました」と振り返る。この出会いが、彼らのエコシステムづくりの思想を深めることになった。

同じく登壇者である沢田明大氏は、東京建物でまちづくり推進部FOOD&イノベーションシティ推進室長を務めている。同社はYNK(八重洲・日本橋・京橋)エリアが持つ「食のDNA」を背景に、リジェネレーションを軸としたまちづくりを推進。その探求の過程で出会ったのが、スペインの食科学大学「Basque Culinary Center(BCC)」だった。
「彼らは街全体、さらにはグローバルを巻き込むオープンエコシステム『Gastronomy Open Ecosystem (GOe)』を立ち上げています。そして、2024年にはその世界初のグローバル拠点としてGastronomy Innovation Campus Tokyo(GIC Tokyo)をここ八重洲に東京建物が開設しました」(沢田氏)
この連携を深める意味でも、この連携を深める意味でも、東京建物では共創イノベーションの創発機会のみならず、現地の文化に触れる日本からの視察訪問プログラムをサン・セバスティアンにて毎年実施しており、会場にはその参加者の姿も数多く見られた。
このプログラムは単なる視察ツアーではない。現地の男性たちが集う会員制の料理クラブ「美食倶楽部」での美食体験など、同地の料理を自らつくり、食卓を囲む食文化の深層に触れられる趣向となっている。同プログラムに参加した田中氏も「企業や所属を超えて『一緒にやろう』という雰囲気が生まれていた」と評価する。
プレゼンテーションが一段落したところで、深田氏は会場内の参加者との気づきのシェアを促した。

「これまで『サステナブル』という言葉にはどこか後ろめたさや義務感が伴う印象がありましたが、今日、『リジェネレーション』という言葉を詳しく知り、とても前向きで新しい概念だと感じました」という参加者の声に、岡田氏はこう返す。
「新しいカタカナ語が出てくるたび、日本語でどういうことかと考える必要があります。でも一巡すると『これってもともと日本にもあった感覚だよね』と気づくことも多いんです」
続くセッションでは、イタリアの小さな自治体・ポリカへの視察プログラムの様子に加え、今や世界有数のフードテック先進地であるスペインのバスク地方の取り組みが紹介された。
スペインのフードテックスタートアップの数は世界第5位ともいわれ、地場の産品を活用した多様なスタートアップが次々と生まれている。そこで重要な役割を果たしているのが、企業の共同プロジェクトを推進する「クラスター」と呼ばれる中間組織の存在だ。
バスク地方では、個々の企業が単独で開発から市場投入までを担うのではなく、クラスター組織が全体として支援する仕組みが機能している。
田中氏は「民間企業でもなく、行政の国や地方自治体でもなく、両者の間ぐらいの組織が明確なビジョンと戦略を持っていること、つまり『強い中間組織体』が肝要なのです」と説明する。

特にバスクの競争力を支える巨大なエコシステムとして挙げられるのが、世界最大級の労働者協同組合「モンドラゴン協同組合」だ。同組合は食だけでなく多様な産業にまたがる92社が所属し、グループ全体の売上高は約1.5兆円、その7〜8割が海外輸出によるものだという。地域が一つの軍団となって世界市場で価値を生み出す驚異的なモデルといえるだろう。
田中氏はその本質について「株式会社組織ではないので、キャッシュとしての利益を最大化することが目的ではない」と説明する。短期的な利益よりも、事業や伝統、職人の技術を守ることが重視され、ある会社で人員整理が必要になれば、グループ内の他社が雇用を引き受けるといった共同体としての仕組みが機能している。
しかし、それは決して甘い組織であることを意味しない。
「参加している企業は勤勉であること、嘘をつかないことなど、かなり厳しい態度で臨んでいます。彼/彼女たちのキーワードは『Competitive(競争力)』であり、活動の一部に補助金を受けているけれど、活動を続けていくためには自分たち自身が差別化できる圧倒的なプロダクトやイノベーションを生み出し稼げるようにならない限り、未来はない、といった思想を持っているのです。だからこそCompetitiveにこだわっているのだと思います」と田中氏は強調する。
この思想は人材育成にも貫かれている。モンドラゴン協同組合は産業復興のために教育機関を設立し、それが現在のモンドラゴン大学へと発展。同大学では、工学部、ビジネス学部に続き、2011年に第4の学部、ガストロノミー・サイエンスを担う食科学学部として「BCC」が創設された。

「モンドラゴン大学のMTA学部では学生が自ら授業を“つくって”います。また、教室ではなくオフィス、先生でなくコーチと呼んでいるのも興味深い」
岡田氏は、その徹底した実践主義をこう語る。ここでは単なるスタートアップ育成ではなく、社会に変革をもたらすチェンジリーダーを育てるという目的が貫かれている。
「今、いろんな地域から『日本の食を活用して世界に輸出したい』という声は増えています。でも、日本にはそれを団結する組織、つまり中間組織がないんです」(田中氏)
BCCの挑戦は、今や大学という限られた空間から街全体へと広がっている。その象徴が、食に関する次世代教育・事業共創プラットフォーム「GOe」の設立だ。
沢田氏はその狙いをこう解説する。
「BCCはもともと山の中にあったのですが、やはり街中にあることで果たす役割があります。サン・セバスティアンの都市に『GOe』を実装することで、現地のジャズフェスティバルや映画祭と連動するなど、街における装置としての意味を非常に考えているのです」

BCCを擁する都市サン・セバスティアンでは、歴史ある国際映画祭に料理映画部門『カリナリシネマ』が設けられるなど、食と文化が深く結びついている。この地に「GOe」が導入されることで、文化イベントとの連携が加速し、人々が楽しみながら食や文化を育み、それが経済的な価値を生み出すという好循環が生まれるようになる。それはまさに、リジェネラティブな街の姿そのものだ。
さらにBCCは、2年後にはワインの一大産地であるスペイン北部のリオハに、ドリンクとワインの産業革新を目指す新キャンパス「eda(エダ)」を設立予定だという。
「ここでは競合する大手ビールメーカーが名を連ね、一緒に新しいイノベーション革新を作ろうとしています。このオープンエコシステムで共創しようという呼びかけにグローバルから皆が集まることが、BCCやひいてはスペインの強さでもあるのです」と沢田氏は説明する。
一方、登壇者が視察プログラムで訪れたイタリアの小さな自治体・ポリカでは、競争戦略とは異なるアプローチが実践されている。
ナポリから車で2時間半、人口約2000人のこの村は、一見するとインフラも未整備な「限界集落」に近い状態にある。しかし、その不便さや歴史を逆手に取り、食と文化を通じて「生きる喜び」を共有するユニークなコミュニティを形成しているのだという。
朽ち果てていた家を宿泊施設に変え、企業研修や学生のワークショップを誘致した結果、村には活気が生まれ、新たな価値が創出されている。
「正直、観光客として行くとめちゃくちゃ不便です。でも、それを良いところに変えてしまうのがすごいし、それがリジェネラティブの本質なのかなと体感しました」(岡田氏)
そんなポリカ の成功には3つの要素があると、田中氏は分析する。
伝統農法や文化など、まだ可視化されていない資産がどの地域にも存在する。
外部の視点や専門知識を持ち込み、資産を価値化する組織が不可欠。
変革への強い意志を持つ首長の存在が、最も重要で不確実な要素。
ここでも鍵となるのは「中間組織」の存在だ。FFIのような外部組織が、地域に眠るインビジブル・ローカル・アセット(目に見えない地域資産)を発見し、価値化する役割を担っている。また、ポリカ の変革は強い意志を持った前市長が始めたもので、これが現在まで引き継がれて花開く形となっているという。
スペインのモンドラゴン協同組合とイタリアのポリカ——規模も戦略も異なる二つの事例に共通するのは、「中間組織」の存在と「見えない資産の価値化」という視点だった。バスク地方では、競争力を武器に世界市場で戦う強固なエコシステムが機能し、ポリカでは不便さを魅力に変える創造的なコミュニティが息づいている。
では、これらの学びを東京にどう活かせばよいのか——。後編では、参加者との質疑応答とグループワークを通じて浮かび上がった、東京・YNKエリアをリジェネラティブにするための具体的なアイデアと、一人ひとりが実践できるアクションについて探っていく。
(文・須賀原みち/撮影・後藤秀二)

フードテックを社会実装していくためのインサイト構築に取り組む。ビジネス戦略の視点、テクノロジーの視点、人文知や哲学の視点を重ね合わせ、人類の未来にとって意義のあるフードテックの本質探究に挑む。McKinsey & Companyにてリサーチスペシャリストとして従事。2017年シグマクシスに参画しGlobal Food Tech Summit 「SKS JAPAN」を創設。現在はUnlocXのInsight Specialistとしてフードイノベーション関連のインサイト構築・発信に従事。共著書に「フードテック革命」(20年/日経BP)、「フードテックで変わる食の未来」(24年/PHP新書)。

パナソニックを経て、McKinsey & Companyにてハイテク・通信業界を中心に8年間に渡り、成長戦略立案・実行、M&A、新事業開発、ベンチャー協業などに従事。 17年シグマクシスに参画しグローバルフードテックサミット「SKS JAPAN」を立上げ。食に関わる事業開発伴走、コミュニティづくりに取り組む中で、食のエコシステムづくりを目指し2023年10月株式会社UnlocX創設。「フードテック革命」(20年/日経BP)、「フードテックで変わる食の未来」(24年/PHP新書)共著。一般社団法人 SPACE FOODSPHERE理事/ベースフード株式会社 社外取締役/TechMagic株式会社 社外取締役/一般社団法人 Next Prime Food代表理事。

北海道帯広市出身。慶応義塾大学環境情報学部卒業後、東京建物株式会社にて、住宅事業、米国駐在を経て、国内外不動産クロスボーダー取引を担当。2021年より、サステナブルのその先“リジェネラティブ”な社会を東京から実現するため、FOODを軸とした共創とイノベーション創出をサポート。2024年には、スペインBasque Culinary CenterのGastronomy Open Ecosystemの海外初拠点として、東京八重洲にGastronomy InnovationCampus Tokyoを開設。