2025.06.15

【研究応援】マクロとミクロ、ハードとソフトの視点でアジャストするまちづくり

〜都市デザインが導く「再生型まちづくり」への道筋 vol.1〜

大都市への一極集中や地方都市の消滅危機、都市インフラの老朽化など様々な課題が顕在化している今、まちの「再生」が求められている。各都市に眠る自然や歴史などの資源を再発見しながら、都市インフラと人々の生活・文化を再生させるために、我々は何ができるのだろうか? 今回は「リジェネラティブ(再生)」をキーワードに、都市デザインの研究者へお話を伺った。

オープンファクトリーでは普段は中に入れない町工場に様々な人が集まり、賑わいを見せている
ハードとソフトの両面から、まちづくりを後押しする「都市デザイン」

各々が住むまちや地域をより良くしたいと願う人々によって、全国各地でまちづくりが行われている。一方で、まちには様々な立場の人々が集まり、求める機能も多岐にわたる。こうした意見を調整して協働を促し、豊かな都市空間を創出する方法のひとつに都市デザインがある。

 

都市デザインでは、地域全体の未来を見据えて、インフラ・建築・コミュニティなどハードとソフトの両面から都市全体を形成していく。まちに住まう人々の異なる取り組みをまとめ、地域全体の価値向上を実現する役割が求められている。

眠っていた魅力や資産を活かすことで、まちも住民も再生する

横浜国立大学大学院で都市工学を研究する野原 卓氏は、都市デザインの研究と実践をかねて、様々なプロジェクトを進めてきた。東京23区内でもっとも町工場が多い大田区で、2012年に始まった「おおたオープンファクトリー」では、町工場を地域に公開して、職人や技術に接してもらうことで、工場の魅力を再発見するきっかけを生み出してきた。職人は見学に訪れた人々の声から、各々が持つ技術の価値を再確認し、地域との新たな交流も生まれている。

 

野原氏は、都市の分析を行う際に「自然・空間・生活・歴史」の4つの軸を意識している。羽田空港からのアクセスが良い大田区で町工場が廃業してしまえば、跡地は住宅や店舗、ホテルに変わっていくだろう。ミクロな視点では価値が高い変化かも知れないが、区全体というマクロな視点では、連綿と続いてきたものづくりという歴史的な価値が失われてしまう。まちにはそれぞれ発見されていない魅力や資産がある。大田区のプロジェクトは、異なる立場の人々をつなげ、地域に眠る価値を再生した事例と言えるだろう。

まちづくりに求められるアジャイルなアプローチ

まちづくりの中で都市デザインを推進するには、実践的にプロジェクトや活動を行うだけでなく、人々にまちの未来を示す都市づくりのビジョンも必要となる。しかし、いったん示された道しるべを変更するのは難しい。野原氏は「30年前の都市計画が50年経っても実現できない事例は、日本では珍しくない。変化が激しい時代だからこそ、都市計画の中に、日々の潮流を採り込む必要がある」と話す。

 

都市開発は地権者や開発を担う事業者など、様々なプレイヤーが関わるため、柔軟に対応していくことが難しい。これに対して、おおたオープンファクトリーの事例では、住民参加型のコミュニティが生まれ、それが定着・拡大することで、自発的に発展するまちづくりを実現してきた。

 

時代の変化は早い。そのなかでマクロとミクロ、ハードとソフトの視点を組み合わせて取り組みを生み出し、新しいルールや仕組みとして定着させていく柔軟なまちづくりが求められている。

 

(文・鈴木 雅矩)

当記事は「研究応援 vol.38」(20256月発行)より引用しています。

プロフィール
野原 卓
Taku Nohara
横浜国立大学大学院
都市イノベーション研究院准教授
専門 都市工学・都市科学・都市計画

横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院准教授。博士(工学)・一級建築士・都市デザイナー。2000年東京大学大学院修士課程修了(都市工学専攻)、設計事務所勤務、東京大学助手・助教等を経て現職。世田谷区風景づくり委員会委員長、喜多方市・平塚市・大田区景観審議会会長のほか、喜多方市・東京都大田区・横浜市・伊豆の国市等で都市デザインに関わる。