
都市の中間領域で、森の再生に関わる——廃木と多様な生物と人の手でつくられた「木庭」から見つめる新しい都市と森の関係とは
企業の環境配慮(CSR)活動としてではなく、新しい経済圏を生み出す——リジェネレーションを”成長のドライバー”として捉え、都市のあり方そのものを変革しようとする試みが、東京・八重洲を中心に始まっている。
都市開発を行う東京建物株式会社と科学起点のものづくりベンチャーをサポートする株式会社リバネスが中心となって推進する「リジェネラティブ・シティ実証プロジェクト」 の第一弾として、東京建物八重洲ビルに「木庭 MOKUTEI」が実装された。都市にいながら森の再生に関わるという、この革新的な”庭”は、いかにして生まれ、どのような未来を描くのか。プロジェクトを牽引する東京建物の沢俊和、リバネスの長谷川和宏氏、そしてVUILD株式会社の秋吉浩気氏に、その全貌を聞いた。
「木庭 MOKUTEI」(以下、「木庭」)は、「都市のための森から、森のための都市へ」をコンセプトに掲げ、廃材となる予定だった木材を利用して人々の手によって育てられる庭を都市空間内に導入するプロジェクトだ。東京都西多摩郡檜原村の木材を活用し、同地の生態系を苗木や植栽によって再現している。
この背景にあるのは「リジェネレーション」の概念だ。「REGENE」の編集長でもある東京建物の沢は、「従来のサステナビリティが地球環境への負荷をマイナスからゼロにすることを目指していたのに対し、リジェネレーションはゼロからプラスの状態を目指す考え方」だと話す。

リジェネレーションが注目を集めるのには、日本でも気温40度を超える日が頻発するなど、気候変動が待ったなしの状況となっていることに加え、人々の”豊かさ”の定義そのものが変わってきたことがある。コロナ禍を経て、GDPの伸長といった従来の経済発展が必ずしも人々の生活満足度を上げるわけではないことも可視化された。むしろ社会や人々のつながりが見直される中で、”ウェルビーイング”という観点が重視されるようになっている。
今年9月、沢がニューヨークで行われた世界最大級の気候変動イベント「Climate Week NYC 2025」に訪れた際にも、「リジェネレーション」という単語が当たり前のように使われている様子を目の当たりにした。
「この概念は環境を良くするという側面よりも、むしろ『今の地球環境の中で既存のビジネススタイルは限界があるのではないか』という危機感から来ています。特に食料や化粧品など原材料を植物性に頼る企業は、今のままではビジネスモデルが保たないと認識しています。だからこそ、リジェネレーションは新しいビジネスの機会であり、成長のドライバーとして捉えるべきだ、という議論がされていました。世界の潮流として、CSR的な発想だけではなく、経済のチャンスでもあると考えているのです」(沢)
総合不動産会社である東京建物は、まちづくりを通して利益と社会貢献を両立することを目指している。沢氏は、リジェネレーションの概念をまちづくりに組み込むことで「世界に対して新しい都市のあり方を提供できるのでは」と意気込む。
「理念形成やルールづくりも大事ですが、同時にこの八重洲、日本橋、京橋(YNK)エリアで確かな変化、一つの形を作っていくことが重要です。リバネスさんやスタートアップの方々と一緒に、新しい価値をこのエリアに実験的に社会実装してみることで社会の変革を促していく。その第一弾となるのが、今回の『木庭』なのです 」(沢)

「この場所のユニークな点は”中間領域”であることです。これまで都市に自然を作るアプローチには、外部空間にランドスケープをデザインするか、内部空間にプランターなどを置くか、という二択でした。でも、都市を見渡せば、オフィスのエントランスや軒先など、雨風が直接入るわけではないけれど外部と繋がっている、いわば“半屋外”の空間がたくさんあります。ここ八重洲ビルにもそういう場所があり、この中間領域に対して新しい庭の形を考えられないかと構想していきました」(秋吉氏)
秋吉氏は、日本の伝統的な手法である「枯山水」を参照にしながら、その発想を逆転させる。石を組むことで時が止まった姿を鑑賞する枯山水に対して、石の代わりに廃木を採用し変化を促す。そして実際の自然の中では倒れた木がコケに覆われ、そこから新たな命が生まれる「倒木更新」という営みがあるが、それを都市空間で再現しようと試みた。

「雷に打たれた木、虫食いの木、2本が奇跡的に1本になってねじれてしまった木など、それぞれストーリーを持った木を選定しています。これらを枯山水の石のように見立てて配置し、苔の専門家であるジャパンモスファクトリーさん、微生物や再生型植物を研究するBIOTAさんと一緒に、再生の仕組みを作っています。ここで育った苗木をまた森に還せるよう、東京の捨てられるはずだった木から新しい命を都市空間で作って返す、というサイクルです」(秋吉氏)

この伝統的な自然観の再構築を支えるのが、最先端のデジタル技術だ。VUILDは、複雑な形状の木材を一つひとつ3Dスキャンし、デジタルデータ化した。木材のデータを読み込み、どこに穴を開けるかなどを決め、土台部分のコケを入れる溝もデジタル加工機によって加工を施した。また、木材の配置時にはMRゴーグルを装着し、実空間にデジタルデータを投影しながら作業を進めていったという。材料のスキャンから加工、そして現地での配置に至るまで、すべてのプロセスでデジタルテクノロジーを駆使した挑戦となっている。
この「木庭」が持つポテンシャルを、建築やデザインとは異なる視点からリバネスCHOの長谷川和宏氏が説明する。リバネスは「科学技術の発展と地球貢献を実現する」をビジョンに掲げ、研究者の知見や技術を社会実装につなげる「知識製造業」を営む研究者集団だ。

長谷川氏は、秋吉氏が着目した”中間領域”にこそ、リジェネラティブ・シティを実現する鍵が眠っていると指摘。実は”中間領域”はこれまで明確に寸法を測られ、調査されたデータが存在しない領域であり、屋内や屋外の面積はわかっても、その”中間”は定義されていなかった。
そこでリバネスが独自に試算を行った結果、東京都内だけでも約1.8億㎡(東京ドーム約4,000個分)、全国では約10億㎡(東京ドーム約2万個分)という、膨大な”中間領域”が存在することが浮かび上がってきた。これは、都市部の生活空間の約1割に相当する大きさだ。
「『木庭』というプロダクトは、それぞれの”中間領域”のサイズに合わせてソリューションとして提供できるようなコンセプトで作っています。今後、東京建物やそれ以外のいろいろな中間領域に『木庭』が置かれていけば、人々が自然と交流し、リジェネラティブという概念を体験して行動変容していくためのプロダクトになると考えています」(長谷川氏)

日本のビジネスの中心地・八重洲で始まったこの試みは、現時点では「社会実験的な要素」が色濃い。だが、三者の話からは単なる実験にとどまらない「リジェネラティブ・シティ」という新たな産業モデルの確立に向けた確かな意志がうかがえる。
「木庭」は、東京建物というデベロッパー、VUILDという建築テックスタートアップ、そしてリバネスという知識プラットフォーム企業が、それぞれの専門知識とリソースを持ち寄った”共創”のひとつの結実でもある。VUILDのデジタルファブリケーション技術やジャパンモスファクトリーの苔、BIOTAの微生物や再生型植物の知見などによって実現したこのプロジェクトが社会実装されれば、都市生活者がオフィスビルの軒先で庭を育てるという行為を通じて、遠く離れた森の再生にインパクトを与えることにもつながるだろう。
「ここを通る人たちが水を吹きかけることで、苔や苗木が育っていく。都市にいながら森の再生に関わる体験を提供する」という設計思想は、沢が課題として挙げた「豊かさの定義の変化」「ウェルビーイング」という問いへの、ひとつの具体的な回答でもある。
都市の未開拓な中間領域——都市の未開拓な中間領域から、森を再生するプロセス自体が、人々のウェルビーイングを高め、新たなビジネスへとつながっていく。「木庭」が示すリジェネラティブ・シティの姿は、気候変動と経済成長のジレンマを乗り越えようとする現代社会にとって、力強いインスピレーションとなるだろう。


2017年に建築テック系スタートアップVUILDを創業し、「建築の民主化」を目指す。デジタルファブリケーションやソーシャルデザインなど、モノからコトまで幅広いデザイン領域をカバーする。
主な受賞歴にUnder 35 Architects exhibition Gold Medal賞(2019)、グッドデザイン金賞(2020)、Archi-Neering Design AWARD 2021 最優秀賞 (2022)、Archi-Neering Design AWARD 2023 最優秀賞(2024)、みんなの建築大賞大賞(2024), iF Design Award Gold Award(2025),AACA賞(2025)
主な著書に、『メタアーキテクトー次世代のための建築』(2022)

東京都立大学大学院工学研究科修士課程修了。修士1年よりリバネスに参加し、その後リバネス初の社員として入社。人材開発事業部を立ち上げ、2012年より執行役員に就任。墨田区の町工場3500社を訪問し、その後スタートアップと町工場や大手企業が新規事業を生み出す基盤となるTECHPLANTER事業やリアルテックファンドの立ち上げ、スタートアップと町工場の連携事例構築、インキュベーション施設「センターオブガレージ」の開設や中堅中小企業の新規事業創出支援などを主導。当時取締役を務めた株式会社浜野製作所とともにガレージスミダを立ち上げ、町工場のスタートアップの共創環境を構築。その成果を評価されものづくり日本大賞経済産業大臣賞を受賞。

都市開発事業第一部 八重洲一丁目東プロジェクト推進室 室長 兼
まちづくり推進部 FOOD&イノベーションシティ推進室 課長
Tokyo Food Institute 代表理事
「REGENE」編集長
2019年に社会課題の解決を目指す場としてTOKYO FOOD LABを開設。同年、イタリアのFuture Food Instituteと連携し、持続可能な社会のための新たなエコシステム構築を目指す。2021年に一般社団法人 TOKYO FOOD INSTITUTEを設立し、食に関する人材育成や社会実装を推進。大学生向けFuture Food Innovation Workshop、シェフの挑戦を支援するチャレンジキッチン、異分野連携のFuture Food Connectなどを展開。更にBasque Culinary Centerと連携し、スタートアップ支援やグローバル連携を強化。2024年にはTokyo Living LabやGastronomy Innovation Campus Tokyoを開設し、教育プログラム「RegenerActor」や国際会議「RegenerAction Japan」を実施。2026年竣工予定のTOFROM YAESUでは「ウェルビーイング・リジェネレーション×食」をテーマに新サービスを導入予定。