
今年10月、東京建物八重洲ビルのB2Fに実装された「木庭 MOKUTEI」。都市にいながら森の再生に関わることを目指すこの革新的なプロジェクトには、東京建物株式会社と株式会社リバネスのほか、建築、苔、そして微生物といった多ジャンルの専門企業が集結している。
本プロジェクトで苔の選定と施工を担ったのが、「苔で地球環境を守る」をビジョンに掲げる株式会社ジャパンモスファクトリーだ。苔を通じて「木庭」に施したリジェネレーションの仕掛けについて、同社取締役CMOの井藤賀 操氏に話を聞いた。
「リジェネレーション(再構築)」を都市空間でどう体現するか。東京建物とリバネスが共同で進める「リジェネラティブ・シティ実証プロジェクト」は、その問いへのひとつの答えだ。本プロジェクト第一弾として東京建物八重洲ビルに出現した「木庭」は、建築系スタートアップ・VUILD株式会社が設計。木材の故郷である東京都檜原村で、通常は価値がつきにくいとされる廃材を活用し、森の自然な循環サイクルである「倒木更新」をコンセプトに据えた。
このインスタレーションは、VUILDに加え、微生物の生態系をデザインする株式会社BIOTA、そして「苔」の専門家であるジャパンモスファクトリーという、異なる知見を持つベンチャーの共創によって生まれた。なかでもジャパンモスファクトリーは、この「木庭」の土台や木組の表面における苔のデザインと施工を担当している。

とはいえジャパンモスファクトリーは、単に苔を施工するスタートアップではない。「苔で地球環境を守る」 というビジョンを掲げ、事業の核には「苔を使った環境改善」を据える。井藤賀氏も、世界初の苔原糸体の大量培養に成功した専門家として知られている。
同社では苔の受託生産や企業研究・コンサルティングなど、苔を通じたビジネス・ソリューションを展開。中でも、工業分野に対する、苔を利用した金属吸着材の提供などはその典型例だ。
「例えば、工場などから出る廃液の中には、環境にとって悪い成分も含まれています。その処理フローの間に苔を取り入れることによって、有害成分を濃縮回収する試みを行っています。また、集めるのみならず、集めた物質を価値ある原料へと変えていくことも可能です。その取り組みをいち早く進めているのが金属業界で、実際、金属業で排出された廃液を苔と接触させて濃縮回収した後、製錬を行うと金属を回収することができるようになっています。たとえば、金(ゴールド)を回収することもできます。ジャパンモスファクトリーでは、そんなふうに苔の価値を実証する取り組みを行っているのです」

また苔が吸着力を持っている理由として、井藤賀氏は、物質をアグレッシブ(能動的)に集めるのではなく、パッシブ(受動的)に、いわば成り行きで吸着していくというのが苔の性質であると説明。そこから人体の比喩を用いて、「人間の体内でいえば、不要物を処理器官へと運んでいく”静脈系”のような働きがある」と、その展開に期待を込める。
「自然界では主に水を介して、さまざまなものが苔へと染み込んでいきます。そして、水が蒸発することで固形物が苔の中に残っていく、というプロセスもあります。『木庭』においては、施工した苔が、八重洲の周囲の大気を吸収し、物質を蓄積する役割を担います。私たちは、そんな苔の持つ機能をテクノロジーとしてお届けするビジネスをしていこうとする企業なのです」

こうした苔の持つ能力を十分に発揮できるようになれば、水系の環境改善はもとより、例えば調湿や大気フィルターといった大気系の循環に益するソリューションにも期待できる。
「植物の産業活用というと、一時期、トウモロコシからエタノール精製することが注目を集めました。しかし、トウモロコシには食用という需要があったため、エタノール生産という点では下火になってしまっています。その理由は、トウモロコシというひとつの作物に依存してしまったからだと考えられています。苔では同じ轍を踏まないよう、園芸用途のものと産業用途のものとでしっかりと切り分けられるよう、気を遣っています」
苔の産業利用の知見が豊富なジャパンモスファクトリーは、「木庭」の植栽用に2種類の苔を選定した。
「苔は多様性に満ちており、その種類は日本で2000種類、世界では2万種もの数があります。『木庭』では、その中からこの八重洲ビルをとりまく環境に適応できる苔を選抜して持ってきています。
ひとつは、木に着生させた『シラガゴケ(別名:ホソバオキナゴケ)』です。東京の都心はどうしても乾燥してしまうので、乾燥したところにも強いこの苔を選びました。シラガゴケは木材の故郷である檜原村にも群生している種類でもあり、檜原村では杉の木の根元のあたりにたくさん生えています。


もうひとつは床面の溝に植えているフラットに広がっていく『ハイゴケ』です。ハイゴケはその名の通り地面に沿って這っていく苔で、『木庭』のなかでも、苔がどんどんと面積を広げていけるように配置しています」
井藤賀氏は、「木庭」ではリジェネレーションのコンセプトに沿った植栽をしていると明かす。というのも、苔を一面に敷き詰めるのではなく、あえて筋状でまばらに配置している。
「たとえば“場の全体が苔で覆われている状態”というのは、苔としては最大値の状態で、あとは崩壊していくしかありません。しかし、苔が散在している”疎”の状態であれば、苔と苔の間にいろんな生物が宿ったり、苔が分裂しながら成長をしたりしていきます。ですから、今の『木庭』のような状態が、もっとも苔のポテンシャルを発揮できるのです」
また、立ち木の中に苔を植栽する技術には、ジャパンモスファクトリー独自の技術を用いている。接着面をスパイク状にするといった物理的な仕掛けに加え、化学的な工夫を加えることで垂直な状態での着生を可能にした。「木庭」に設置した照明も、単なるライトアップ目的ではなく、苔の生育に適した植物育成用LEDライトを設置している。

「昼間には照明を点灯せず、人がいなくなった夜間に照明を当てる形で運用したいと考えています。苔もまた普通の光合成を行うので、太陽光と同じ波長を含む、ホワイト(白)の光を当てています」

「『木庭』の横には、誰でも使える霧吹きを設置しています。皆さんがここを通る時には、苔に水を与えて可愛がってあげないと成長していきません。ですから、ぜひ水をあげてみてください。そうやって人の手を加えることで、『木庭』の見た目も内部も、どんどんと成長していきます。個人的には、『木庭』を通じて人々がつながることで、ビジネスが生まれていくような出会いの場にもなればいいと思っています。
これから冬にかけて、『木庭』には近隣から飛んできたさまざまな種や生物が蓄積し、春になると、それらの生命がたくさん芽吹いてくるでしょう。BIOTAさんの微生物層もそうですし、これからの『木庭』でどんな植物や生物が出てくるのかを含めて、その長期的な変化を楽しみながら興味を持ってもらえるとうれしいです」
「木庭」の苔や生態系、植物は今後どのような様相を見せていくのだろうか? それはまだ誰にも予測できない。都会の真ん中で“苔”が活躍する、リジェネレーションの形をゆっくりと眺めていきたい。


2002年広島大学大学院理学研究科修了、博士(理学)。2003年理化学研究所植物科学研究センター研究員、2013年同研究所環境資源科学研究センター上級研究員に従事。2019年春に、株式会社JAPAN MOSS FACTORY設立。日本蘚苔類学会奨励賞、日本鉱業協会賞、第5回アグリテックグランプリ最優秀賞など受賞。