2026.03.27

街中にいる微生物を増やすことが、都市の生態系を持続可能にする——BIOTAが「木庭」に込めた、微生物多様性とウェルビーイングの未来

今年10月、東京建物八重洲ビルのB1Fに実装された「木庭 MOKUTEI」。都市にいながら森の再生に関わることを目指すこの革新的なプロジェクトには、東京建物株式会社と株式会社リバネスのほか、建築、苔、そして微生物といった多ジャンルの専門企業が集結している。

 

そのうち、本プロジェクトで植栽デザインを担ったのが、株式会社BIOTAだ。「都市の生物多様性を高め、人々の健康と生態系を両立させる」と語る同社代表・伊藤光平氏が「木庭」に込めた思いについて、話を聞いた。

持続可能な暮らしにおける「微生物」の重要性

本特集Vol.1で紹介したように、建築系スタートアップ・VUILD株式会社が設計・デザインした「木庭」は、素材に東京都檜原村の廃材を使うことで、「倒木の更新」という森の営みを都市の”中間領域”で再現しようとする革新的な試みとなっている。

 

建築、苔、そして微生物の専門家が集結したこのプロジェクトにおいて、「木庭」の側面で檜原村の植生を再現し、都市と森をつなぐ「イントロダクション」としての植栽デザインを担ったのがBIOTAだ。

BIOTAが植栽デザインを手掛けたプランター群には、文献やフィールドリサーチをもとにした檜原村で多く見られるシダ系や針葉樹、落葉樹、常緑樹といった幅広いバリエーションの植物を採用。さらに、杉の苗木や、地元で栽培されているお茶の木なども含めて、都市空間に現地の多様性豊かな植生を持ち込んでいる。

 

なぜ、さまざまな植物を「木庭」の傍に置くのか。BIOTA代表の伊藤氏は、まず自社の理念を「都市環境において、生物の多様性を高めることで、その健康と生態系、どちらも持続可能に発展させていく」ことだと語る。人間の身体には約38兆個もの微生物が共生しており、微生物の多様性は人間の健康と密接不可分だという。この微生物のバランスや多様性が崩れると、さまざまな不健康や病気につながることもわかってきている。

株式会社BIOTA 伊藤光平氏

「人間の健康にとって重要なのは、外側から微生物に曝露する(触れる)ことだと言われています。農村部や生物多様性が高い場所であれば、幼少期の子どもたちの免疫が正常に成熟するという研究もあります。しかし、現代の都市では微生物が充分に補給されません。だからこそ、ランドスケープデザインなどによって、微生物を補給するための都市デザインを施していかなければならないと考えています」

 

東京のような都市で暮らす人々にとって、土や植物といった自然環境由来の微生物に曝露する機会は決して多くない。だからこそ、「木庭」プロジェクトに参画した伊藤氏は、「リジェネラティブ」という概念を考える上で「微生物」がウェルビーイングの基盤となる存在だと強調する。

「リジェネラティブとは、物質を新たに再生成する営みです。実際にモノを分解して再生成、変換するプロセスを見ると、生態系の中では微生物がその役割を担っています。リジェネラティブデザインを考えていく上では、プロジェクトチームでも、基盤としての微生物の重要性について議論を交わしてきました。土の中の微生物の多様性が高まることで、植物の病気が少なくなり、いろんな生き物も増えるような土壌になります。このような人と生態系の健康を実現する微生物多様性を、『木庭』で表現しているのです」

 

土壌と植物の相互作用を通じて、空間の微生物多様性を高めること。それが植生を豊かにし、ひいては人間の健康にもつながる。BIOTAは、まさにそのサイクルの創出を目指して活動を続けているのだ。

八重洲で"檜原村から派生した生態系"を展開

本プロジェクトにおいて、BIOTAがまず行ったのは檜原村の現地リサーチだった。檜原村は、県南と県北で断層線が通っている地形であり、その境目で植生も若干変わってくる。そのような話を地元の人に伺いながら、檜原村の植生を植栽として組み込んでいった。

「東京のビル街の中庭に檜原村の植栽をただ持ってくるだけでは、単なるディスプレイにしかなりません。そうではなく、『木庭』では日照量や風の変化など、八重洲という都市空間の環境に合わせて、植生も別のシナリオとして変化していくはずです。さらにここ八重洲ビルで言うと、日照量が少なめで風通しもそこまで十分でない、という特徴があります。そのため、植生遷移も檜原村とは大きく変わってくると考えられます。

 

例えば、日光をたくさん求めるような高い木よりも、地表部にあるちょっと薄暗いような環境を好む植物が繁茂してくるかもしれません。そういった”ありうる檜原村の森”のようなものが立ち上がってくると面白いかなと思いますし、それこそがリジェネレーションの形だと考えています」

 

そして、「木庭」で生まれた森を育むのは植物や微生物だけではない。人の関与も重要な要素だ。

 

植栽されたプランターにはキャスターが設けられ、自由に移動可能なモジュールとしての役割も備わっている。このモビリティとプランターの組み合わせによって、都市においての最小単位の森の在り方を探索する。

「多様な植栽のプランターを、木庭のモジュールとして組み合わせることで、都市の”中間領域”に非常に柔軟に対応していけるようなデザインとしています」

 

このプランターの可動性は、人と植物の新たな関係性もデザインしている。植物は光の入る方向だけに伸びていき、放っておくと形が偏ってしまいがちだ。しかし、人々は自分たちの手でプランターを動かし、日の当たる向きなどを調整することができる。

 

「それが、都市の中における最小限の森の在り方、都市の森モデルを提示していることにもなっているのです。『この木は一方向にばかり伸びてしまったから、向きを変えたら逆方向も伸びてバランスが整うかも』といったような植物に対するケアもできますし、この生態系や小さな森を可変的に移動させるという面白みもあります。そういった人と植物のインタラクションが、日々この場所で動いていくことも非常に興味深いと思います」

中間領域の小庭から始まるリジェネレーション

「木庭」という小さな森は、さらに都市の「循環」と「再生」に接続していく可能性を秘めている。例えば、近隣には毎日大量に出るコーヒーかすの一部から堆肥(コンポスト)を作成しているカフェがあったり、東京建物をはじめ、さまざまな企業が参加して街路に花壇を設置する「はな街道」プロジェクトも根付いていたりと、共創の種はそこかしこにある。

 

「そんな、近くのエリアの別の動きと合流しても面白いですよね。都市の使われない食品残渣を植物の栄養素、生態系のための循環のパワーにして、都市の中でサイクルが回って、最終的に生産量が増えてリジェネレーションしていく。BIOTAでは、その過程を細かく定量化しながら評価していきたいと思います。そして、そのプロセスを通じて人々の交流も生まれていくはずです」

 

「木庭」は、単なる癒しの空間ではなく、都市空間に失われた微生物の多様性を補給し、人々の健康に寄与する「場」となっている。それと同時に、人の関与やエリア固有の資源を取り込み、モノの循環と人の交流を生み出しながら成長していく「檜原村から生まれたもうひとつの森」でもあるのだ。

プロフィール
伊藤 光平
Kohei Ito
株式会社BIOTA 代表取締役
都市環境の微生物コミュニティの研究・事業者。山形県鶴岡市の慶應義塾大学先端生命科学研究所にて高校時代から特別研究生として皮膚の微生物研究に従事。2015年に慶應義塾大学環境情報学部に進学。情報科学と生物学を組み合わせたバイオインフォマティクス研究に従事し、国際誌に複数の論文を発表。現在は株式会社BIOTAを設立し、微生物多様性で健康的な都市づくりを目指して研究・事業を推進している。