2025.10.25

計画不可能性と向き合う——東京をリジェネラティブにする3つの道筋とインスピレーションの連鎖【Inspiration Talk 第1回 後編】

前編では、『WIRED』日本版エディター・岡田弘太郎氏が提示するリジェネラティブ・シティの3原則——「マルチステークホルダー」「プルーラルキャピタル」「システムチェンジ」と、世界各地の先進事例を紹介した。ニューヨークの牡蠣プロジェクト、オランダのマテリアルパスポート、イギリスの生物多様性ネットゲインなど、多様なアプローチが既に実践されている。

 

しかし、東京のような複雑な大都市をリジェネラティブに変えていくには、どのような道筋があるのか。後編では、参加者との質疑応答とグループワークを通じて浮かび上がった、計画不可能性との向き合い方、文化的障壁を乗り越えるヒント、そして東京独自のナラティブについて掘り下げていく。

リジェネラティブな都市への「3つの道筋」

インプットトークの最後に、岡田氏は東京をリジェネラティブな都市に変えるための具体的な問いを会場へと投げかける。

 

●東京都心部の環境再生のために、生態系サービスやNbS(Nature-based Solution)を生かしたどのようなアプローチがあり得るか?

●(ニシイケバレイのような)東京のなかの「ネイバーフッド」を増やし、豊かにしていくためにはどんなアプローチがあり得るか?

●都心部の「大規模開発」と「インディペンデントなプレイヤー」の二極化をどう乗り越えるか?

●地価・賃料高騰により、都心の物件で展開できる事業が「収益性の高いもの」に収斂されていく中、文化的で多様な事業やテナントを東京に増やすためには?

 

この問いを受けて、参加者全員を巻き込んでの質疑応答とディスカッションがスタートした。

計画不可能性との向き合い方

まず、参加者からは「都市は計画通りには出来上がらない。30年、50年後が見えないなかで、計画不可能性とどう向き合うべきか?」という、リジェネラティブ・シティの核心を突く質問が挙がった。スマートシティ計画の多くが失敗した歴史を踏まえ、東京のような複雑な都市をどう再生していくのか、という問いだ。

 

岡田氏は、更地からつくる全体主義的な計画は東京では不可能だとし、変化を起こす道筋として3つのアプローチを提示した。

1. ルールメイキング

住宅や土地開発、事業開発における工事において、開発前よりも自然環境をよい状態にするという、英国の「生物多様性ネットゲイン(Biodiversity Net Gain / BNG)」のような法制度による強制力も時に必要となる。

2. 新たなるビジネスモデルの構築

不動産開発において、利益追求をすればするほど、地域・自然・文化が再生するモデルを構築する。日建設計が手がける古いビルの環境性能を高めるプロジェクトや、東京建物のようにリジェネラティブを掲げる動きが重要である。

3. 市民の関わりしろをつくる

「リジェネラティブ」な状態を実現する仕組みの構築のみならず、そのシステムのなかに市民が参加できる余地をつくる。消費者が「食べて美味しい」「見て美しい」といった感性を入り口に、その裏側にあるリジェネラティブな仕組みを知り、そうした選択を増やしていくことが変化に繋がる。

 

こちら別紙で入れた修正と合わせて修正いただけますでしょうか…?

文化的障壁と外圧の可能性、東京独自のナラティブとは

一方で、参加者からは「日常生活の中でリジェネレーションについて話す機会がない」という感想も漏れ聞こえてきた。FFIの深田氏は、日本社会では環境再生や社会貢献といったテーマを語ることが「意識高い系」と揶揄され、恥ずかしさを感じる空気感があり、企業内でも「そんなことより明日の資料はできたのか」と一蹴されがちな文化的障壁があると指摘する。

 

これに対し岡田氏は、変化のきっかけとしての外圧の可能性に言及。「リジェネラティブ・シティ」号でインタビューした研究者の中島弘貴氏の発言を紹介しながら、外資系企業が東京のオフィスを選ぶ際に「環境性能が良いビルでないと借りられない」というグローバル基準を持ち込むことで、結果的に都市のビル性能が引き上げられていく可能性を示した。

 

さらに深田氏は、オランダがサーキュラーエコノミーのノウハウ輸出を国家戦略とし、イタリアやスペインが「食とウェルビーイング」という明確なナラティブ(物語)を持っているのに対し、「東京のリジェネラティブのナラティブとは何か?」を考える必要があると投げかける。

 

そのヒントとして、東京建物がYNKエリア(八重洲・日本橋・京橋)で「食」に取り組む背景でもある、江戸時代の魚河岸や大根河岸といったサステナブルな食の集積地という歴史的文脈が東京独自のアイデンティティになり得るとの視点が提示された。

グループワークで見えた「東京らしさ」と再生のヒント

イベントの後半では、参加者によるグループディスカッションが行われた。「東京をリジェネラティブな都市にするためのアイデア」を付箋に書き出し、4つのグループに分かれて議論を行った。

 

参加者からは、多様で創造的な提案が挙がった。例えば、流行で終わらせない“息の長さ”という視点 、都市のメンテナンス機能を見せる体験型ツーリズム教育、文化再生のためのアーティスト用無料スペースといった具体的な提案。さらに、クリエイティブな場所を守るため開発側があえて開発を“耐える”仕組みを設計する「耐・再開発性」という一風変わった発想や 、東京らしさをカオティックな“目的の複数性”に見出す意見、そして、「そもそも都市で生物多様性は可能なのか?」といった人間中心主義への鋭い懐疑論も提示された。

 

深田氏は、ベルリンのように意図的に開発せず、ほったらかしにすることで新たな文化価値が生まれる例(不作為の作為)を挙げ、それ自体が都市のダイナミックな再生(リジェネレーション)に繋がりうると議論を深めていった。

インスピレーションの連鎖を目指して

ディスカッションの締めくくりとして、岡田氏は『WIRED』日本版がリジェネレーションを取り上げる理由とメディアとしての展望を明かした。

 

「『WIRED』日本版で働くなかで、自分は常につくり手にインスピレーションを与えるコンテンツをつくりたいと考えています。東京の強みである目的の複数性や雑多さのなかで、今後リジェネラティブといろいろな掛け算のプロジェクトが生まれてくるはず。その取り組みを我々が紹介することで、新たなインスピレーションの連鎖を起こしていけると嬉しいです」

 

闊達なディスカッションの熱量そのままに、イベントはネットワーキングへと移り、そこでも東京のリジェネラティブな未来を考えようとする会話がそこかしこから聞こえてきた。

 

TOKYO LIVING LABで始まったこの連続イベントが、東京から世界初のリジェネラティブ・シティを生み出すためのインスピレーションの連鎖の起点となることを期待したい。

 

(文・須賀原みち)

プロフィール
岡田 弘太郎
Kotaro Okada
『WIRED』日本版エディターとして、雑誌『WIRED』日本版VOL.49「THE REGENERATIVE COMPANY 未来をつくる会社」やVOL.54「The Regenerative City 未来の都市は、何を再生するのか」号の責任編集を務める。そのほか、一般社団法人デサイロ代表理事。一般社団法人B-Side Incubator代表理事。クリエイティブ集団「PARTY」パートナー。1994年東京生まれ。慶應義塾大学にてサービスデザインを専攻。「Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2023」選出。