2025.10.28

東京をリジェネラティブにするには?——市民が紡ぐ関わり合いと共進化のまちづくり【Inspiration Talk第3回 後編】

前編では、東京大学大学院の中島弘貴氏が語るリジェネラティブ・シティの思想と、世界各地の先進事例を紹介した。「ネットポジティブ」と「共進化」を軸に、人と自然とモノの関係性を再構築するアプローチは、メキシコのリゾート開発からニューヨークの屋上農園まで、多様な形で実践されている。

 

では、こうした世界の知見を、私たちの暮らす東京にどう活かせばよいのか。後編では、参加者との質疑応答とグループワークを通じて浮かび上がった、日本の現在地と可能性、そして一人ひとりが今日から始められる具体的なアクションについて掘り下げていく。

東京をリジェネラティブにするには? 日本の課題と可能性

中島氏の濃密なインプットを受け、会場は質疑応答の時間へ。参加者からは、核心を突く質問が次々と投げかけられた。

 

山形県で地域活動に携わる男性は「地域の資源を使って都市部が稼ぐ、という構造から抜け出せない。資本主義とどう向き合い、地方にどう投資を呼び込めばいいか」と問いを立てた。中島氏は、競合他社と連携する動きや、地方都市同士が連携して大都市に対抗する「都市間連携」といった新たな潮流を提示。自然資本の価値を経済的損失として可視化し、保険会社に響くようなロジックをつくることの重要性も説く。

参加者からも活発に意見が飛び交った

さらに、脱炭素などを進める上での経済合理性との両立について問われると、中島氏は二つの道を提示。一つは、社会変革の起点となる3.5%の先進的な企業層にアプローチする戦略。もう一つは、GX投資に熱心な地方銀行など、課題意識を共有する「地域」と連携してモデルケースを創出するアプローチが有効だと語った。

 

また、ゼネコンで設備設計に携わる参加者からは「リジェネラティブという文脈で、今一番進んでいる国はどこか」という質問が飛ぶ。中島氏は「アジェンダによって違う」と前置きしつつ、社会的包摂ならデンマーク、自然再興ならフランス、循環経済ならオランダ、と各国の強みを挙げた。そして、どの国も既存の政策を巧みに並べ替え、「リジェネラティブ」という新しい化粧を施して見せている側面があると分析。「気候変動の話だけをすると反発を招くので、住宅問題や中小企業再生といった市民の関心が高いテーマとセットで語っている」と、戦略的なコミュニケーション術も解説した。

 

「リジェネラティブ」の観点から日本の現在地について問われると、中島氏は「残念ながら、建物の環境性能は著しく低い」と研究者としての厳しい視点を示す。一方で、震災復興の経験などから培われた「市民組織の力の強さ」も日本の大きなポテンシャルだと言及。近年、そうした市民活動家たちが「リジェネラティブ・アントレプレナー」を名乗り始めている動きに注目していると語った。

自分の居場所を自分の手でつくってみる

イベントの最後は、参加者によるグループワークも実施。「東京をリジェネラティブなまちにするにはどうしたらいいか」というテーマで活発な議論が交わされ、各グループからの発表では、多様なアイデアが共有された。

◎寛容性の重要性

あるグループは、利便性や完璧さを追求するのではなく、多様な選択肢を許容する「寛容なまちづくり」が必要だと提案した。

 

◎教育と体験の場づくり

別のグループは「教育」「居場所づくり」「東京の役割」という三つの軸を提示。特に、「小さい頃から自然に触れる選択肢を増やすべきだ」「空き家や空き地をコンポストやコミュニティ農園として活用できないか」といった具体的な意見が多く聞かれた。

 

◎大胆な発想と制度提案

さらに、「皇居のお堀で泳げるようにしてはどうか」という大胆なアイデアや、企業が「リジェネラティブ休暇」を制度化し、社員が体系的に社会貢献活動に関われるようにする、といった提案なども飛び出した。

 

「日本には里山のように、自然と人間が相互作用しながら風景をつくってきた文化がある。むしろこの領域において、日本やアジアが世界のイニシアチブを取れる可能性は十分にある。そうしたなかでも東京は、人間が安定した社会関係を維持できる150人という上限を超え、多様な人々と出会える『社交の場』を提供することが都市の役割でもあるのではないでしょうか」

 

発表を聞いた中島氏は、そう前を向く。そして最後に、こんなボトムアップの小さなアクションを推奨した。

 

「怒られるかもしれませんが、ゲリラガーデニングのように、自分の居場所を自分の手でつくってみる。何かを実験してみて、自分で決定権を持つという経験自体が非常に重要だと思います」

「関わり合い」から始まる都市の再生

この夜のイベントを通じて明らかになったのは、リジェネラティブな都市の実現には、完璧な設計図や大規模な政策転換よりも、多様な主体による「関わり合い」の再生こそが重要だということだった。

 

中島氏が世界各地の事例を通じて示したのは、一石N鳥を生み出す「共進化」のメカニズムである。それは既存の制度や資源を巧みに組み合わせる「スタッキング」の技術であり、市民の自発的な活動を後から支援する「オーガニック・ディベロップメント」の発想であり、そして何より、人と自然とモノの新たな関係性を築いていく「適正技術」への回帰でもある。

 

参加者たちが提案した数々のアイデアは、その多くが「小さく始める」「自分でやってみる」「仲間を見つける」といった共通点を持っていた。東京というメガシティをリジェネラティブに変えていく道のりは、誰かが設計した壮大な計画を待つのではなく、一人ひとりが自分の足元から関わり合いを再生していくことから始まるのかもしれない。

 

中島氏が最後に口にした「ゲリラガーデニング」という言葉は、その象徴的な表現だった。規則や許可を待つのではなく、自分の手で小さな変化を起こし、そこから新たな関係性を育んでいく。そうした草の根の実験が積み重なり、やがて都市全体を一つの生命システムとして再生させていく——。

 

Brillia Loungeで交わされた熱い議論は、そんな未来への確かな手がかりを示してくれたように思う。リジェネラティブ・シティへの道のりは長いが、この夜に集まった多様な人々の想いと行動力が、その歩みを着実に前へと進めていくだろう。

(文・須賀原みち/撮影・後藤秀二)

プロフィール
中島 弘貴
Hiroki NAKAJIMA
東京大学大学院
工学系研究科 都市工学専攻 特任講師
専門 都市工学

1988年生まれ。設計事務所(ria)勤務を経て、2020年東京大学院工学系研究科都市工学専攻博士課程修了、2021年4月より同大学未来ビジョン研究センター・連携研究機構不動産イノベーション研究センター特任助教を経て現職。博士(工学)。一級建築士。