2025.10.28

東京から始める食のリジェネレーション——一人ひとりが変革の主体となるまちづくり【Inspiration Talk 第4回 後編】

前編では、スペイン・バスク地方のモンドラゴン協同組合と、イタリアの小さな自治体・ポリカの事例を通じて、食を軸としたリジェネラティブなまちづくりの本質を探ってきた。そこで浮かび上がったのは、「強い中間組織」の存在と、地域に眠る「見えない資産」を価値化する力だ。

 

では、これらの学びを東京・YNKエリアにどう活かせばよいのか。後編では、参加者との質疑応答とグループワークを通じて、日本での再現可能性と、東京をリジェネラティブにするための具体的なアクションについて掘り下げていく。

ディスカッションから浮かび上がった課題と可能性

会場から「ポリカ     の成功は、日本でも再現可能か?」という問いが挙がると、田中氏は明確に答える。

 

「どの地域にも眠っているインビジブル・ローカル・アセットは必ずあるはずです。それを価値化する中間組織と、変革の意志を持つ首長の存在が揃えば、再現性はつくれるはず」

 

行政だけに頼るのではなく、地域に根差した民間企業や外部組織の連携、まず人が集まるコミュニティを創り、そこにある見えない資産を再発見する重要性が示された。

 

また、「モンドラゴン協同組合のような場所で、スタートアップはどのように生まれるのか」という質問も投げかけられた。

 

沢田氏は、BCCがスタートアップの社会実装のため、レストランを併設したインキュベーション施設「LABe」や、さらに大規模なスタートアップショーケースでもある「GOe」を運営し、社会実装までを徹底的に支援していると説明。田中氏も、VCからの資金調達と上場だけがゴールではない多様なスタートアップのあり方について言及し、議論を深めていった。

セッションの終盤では、スペインやイタリアの事例を踏まえて「それならば、東京はどうするべきか」という議論が展開された。深田氏は「和食は世界から求められているのに、 和食を学ぶためにはスペイン人 の専門書を買わないといけない実情がある。日本人の発信力が弱いのかもしれない」と問題を提起。これに対し沢田氏は「日本の素晴らしいコンテンツをGIC Tokyoで開発し、GIC TokyoやBCCなどで日本起点の講座として発信したい。こうした取り組みを通じて、海外パートナーと共進化できる関係を築いていければ」と応じる。

 

また、田中氏も「最後は人と人。交渉のフロントに立つ個人が、相手へのリスペクトを持ちつつ、自信を持って対等な関係を築けるかがすべてを決める」と、世界と対等になるための重要性を説く。

YNKエリア、そして東京をリジェネラティブするために

トークセッションが終わると、グループワークとして「このYNKエリアをリジェネラティブにするには?」という問いが改めて参加者全員に投げかけられた。

 

参加者からは「歴史と新しさが混在する東京の多様性こそが国内外の人々を惹きつけるハブになるのではないか」という意見や 「エリア単体でなく、府中や奥多摩、さらには地方都市との関係性の中に東京の可能性がある」といった視点が示された。特に、多摩川という“流域”で都心と水源の森を捉え直す東京のテリトーリオ(地域性)という考え方には会場からの共感も集まっていた。一方で、「人が多すぎる」「他人との関わりが希薄」といった東京が抱える根本的な課題をまず解決すべきだという厳しい指摘も挙がる。

 

これらの意見を踏まえて、登壇者それぞれが自身の言葉で今回のイベントを締めくくる。

中間組織としての東京建物

「今日お話があったように、東京建物自体がリジェネラティブシティ推進の中間組織体の役割を目指しています。自分の担当領域だけでは難しいことでも、たとえば食や文化をテーマにすると、面白くていくらでも横の人たちと繋がることができます。ここに来ている皆さんは向いている方向が近い仲間ですので、ぜひ繋がってこんなことしたい、と声をかけてほしいです。このYNKエリアには、リジェネラティブなアクションを一緒に実現できることがたくさんありますので」(沢田氏)

日本の強みとしての「土に根を下ろす」こと

「海外のテックは空中で繋がるようなデジタル空間が中心となっています。しかし、日本は『土に根を下ろす』ことが重要だと感じています。東京建物さんのようなデベロッパーが動いて、今回のイベントのようにみんなが集まれる物理的な空間ができている。人と人が地上で繋がることをベースにできるのは日本の強みではないでしょうか」(岡田氏)

一人ひとりが世界を変える主体となること

「私がリジェネレーションで一番好きなポイントは、『新しいものをつくっていいんだよ』と一人ひとりが思えることです。社会や企業の中で決められた歯車になるのではなく、一人ひとりが『こう変えたい』という思いを持つこと。そして、そう思う人たちが手を取り合うこと。この八重洲の街全体を自分のアセットだと思えるようなマインドになることが大事です。一人ひとりが『世界を変えられる』という気持ちが醸成されるような環境を作っていきたいですね」(田中氏)

足元から始まる実践

最後に設けられたネットワーキングの時間には、参加者全員で沢田氏の地元・北海道で育てられた朝採れトウモロコシと枝豆を頬張る光景が見られた。この小さな共有体験こそが、海外から得た学びをいかに自分たちの足元で実践していくかという、今回のイベントのテーマを象徴しているようだった。

スペインのモンドラゴン協同組合やイタリアのポリカ     の事例は、一見すると日本とは異なる文化や制度の産物に思える。しかし、トークセッションを通じて浮かび上がったのは、「中間組織」の存在、「見えない地域資産」の価値化、そして「一人ひとりの変革への意志」という普遍的な要素だった。

 

東京建物が八重洲エリアで取り組む食を軸としたリジェネラティブなまちづくりは、まさにこれらの要素を実践する試みでもある。グローバルな知見と地域の文脈を結びつけ、新たな価値を創造する「中間組織」として機能し、江戸時代から続く食のDNAという「見えない資産」を現代に甦らせ、新たな価値を創る。

 

「一人ひとりが世界を変えられる」という田中氏の言葉は、まさにリジェネラティブな都市づくりの核心を突いている。海外の事例に学びながらも、足元の実践から始めること。この夜の熱い議論が、東京から世界に向けた新たな食のエコシステム構築への第一歩となることを期待したい。

プロフィール
岡田 亜希子
Akiko Okada
UnlocX取締役 / Insight Specialist

フードテックを社会実装していくためのインサイト構築に取り組む。ビジネス戦略の視点、テクノロジーの視点、人文知や哲学の視点を重ね合わせ、人類の未来にとって意義のあるフードテックの本質探究に挑む。McKinsey & Companyにてリサーチスペシャリストとして従事。2017年シグマクシスに参画しGlobal Food Tech Summit 「SKS JAPAN」を創設。現在はUnlocXのInsight Specialistとしてフードイノベーション関連のインサイト構築・発信に従事。共著書に「フードテック革命」(20年/日経BP)、「フードテックで変わる食の未来」(24年/PHP新書)。
田中 宏隆
Hirotaka Tanaka
UnlocX代表取締役CEO/ SKS JAPAN Founder

パナソニックを経て、McKinsey & Companyにてハイテク・通信業界を中心に8年間に渡り、成長戦略立案・実行、M&A、新事業開発、ベンチャー協業などに従事。 17年シグマクシスに参画しグローバルフードテックサミット「SKS JAPAN」を立上げ。食に関わる事業開発伴走、コミュニティづくりに取り組む中で、食のエコシステムづくりを目指し2023年10月株式会社UnlocX創設。「フードテック革命」(20年/日経BP)、「フードテックで変わる食の未来」(24年/PHP新書)共著。一般社団法人 SPACE FOODSPHERE理事/ベースフード株式会社 社外取締役/TechMagic株式会社 社外取締役/一般社団法人 Next Prime Food代表理事。
沢田 明大
Rocky SAWADA
東京建物 まちづくり推進部FOOD & イノベーションシティ推進室 室長

北海道帯広市出身。慶応義塾大学環境情報学部卒業後、東京建物株式会社にて、住宅事業、米国駐在を経て、国内外不動産クロスボーダー取引を担当。2021年より、サステナブルのその先“リジェネラティブ”な社会を東京から実現するため、FOODを軸とした共創とイノベーション創出をサポート。2024年には、スペインBasque Culinary CenterのGastronomy Open Ecosystemの海外初拠点として、東京八重洲にGastronomy InnovationCampus Tokyoを開設。