2025.11.14

協同組合が描くリジェネラティブな地域社会——日伊の成功事例に学ぶ、ソーシャルイノベーションとは【Inspiration Talk 第5回 前編】

東京の未来をリジェネラティブな視点から考える連続イベント 『Regenerative City Inspiration Talk』。 第5回は9月26日、東京・京橋のCity Lab Tokyoで開催された。

 

今回は「特別編」と銘打ち、生活協同組合「ANCC-COOP Italia」のエルネスト・ダッレ・リーヴェ会長をはじめとするイタリアの有識者12名を招致。日本からは早稲田大学ビジネススクール教授であり経営学者の入山章栄氏、農林水産省でフードテックを推進する村上真理子氏、フードイノベーションのエコシステム構築に取り組むUnlocXの田中宏隆氏らが登壇した。

 

テーマは「食を通じたリジェネラティブなまちづくり」。日伊の協同組合を中心に進む持続的社会への取り組みや成功事例、今後の展望などがプレゼン形式で発表され、ANCC-COOPによる市民の生活向上への取り組みや、北海道・コープさっぽろの成功の背景と社会還元性など、日伊のソーシャルイノベーションに関する最新の知見が共有された。

イタリア協同組合(コープ)の挑戦 価格と品質、持続可能性の両立を目指して

イタリア消費者協同組合全国協会(ANCC-COOP)会長のエルネスト・ダッレ・リーヴェ氏を始め、イタリアから12名のゲストを迎えてイベントは始まった。

エルネスト氏は、現代の協同組合が直面する課題について「政治的な不安定さが将来への懸念を生み、国民の消費行動に影響を与えている。そうした中で、消費者は価格を重視する傾向にある」と指摘。

 

協同組合の重要な課題は、こうした消費者に対して「いかにして良い商品に手が届くようにアプローチできるか」であり、「価格が低くても良いプロダクトにアクセスしてもらい、その消費活動にサステナビリティを共存させられるか」が目下の挑戦だという。その対応策の核となるのがコープブランドの推進だ。自社ブランドとして主導権を握ることで、価格設定から環境配慮型の商品開発、生産者の権利尊重までが可能になる。

エルネスト氏に続いて、ANCC-COOP専務理事 マウラ・ラティーニ氏は、77年の歴史を持つイタリアのコープブランドの具体的な革新について解説した。コープブランドは「良質な商品を低価格で提供すること」を使命とし、現在では製品数は6000にも及ぶ。経済的に困難な低所得者層にも商品を届ける役割を担ってきた。

 

単に安いだけでなく、安全で質の良い商品を提供することが人々の生活向上に繋がるという信念のもと、数々の革新に取り組んでいる。

 

  • 人工着色料の不使用
    コープブランドの商品は、一切人工着色料を使わず、自然由来のものだけを使用。
  • パームオイルの全廃
    2016年から商品の品質向上と環境被害の最小化を意識し、全商品でパームオイルの使用を排除。
  • 抗生物質の添加停止
    2017年からは、牛や養殖魚を対象に動物への抗生物質の添加を止めるという難しい課題を実践。
  • シンプルな原材料
    工業製品でありながらも、シンプルな原材料から作ることを目指している。

 

専務理事は「これらの挑戦は簡単ではないが、一丸となって達成していくもの」だと語った。

経営破綻からV字回復を遂げた「コープさっぽろ」

次にプレゼンテーションを行ったのは、本イベントのモデレーターで早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏だ。

 

入山氏は自身が理事を務める「コープさっぽろ」の事例を紹介。コープさっぽろは北海道全域を事業エリアとする生活協同組合で、現在、組合員数は約200万人、事業高は3219億円(約18.3億ユーロ)にのぼる。入山氏は、日本で最も人口減少が激しい地域の一つである北海道で売上が伸び続けていることは驚異的であり、日本の全コープの中でも、これだけの成長を実現しているのはコープさっぽろだけだと明かす。

 

特筆すべきは、コープさっぽろが1998年に事実上の経営破綻を経験した点だ。そこから約30年でV字回復を遂げた背景には、入山氏が「間違いなく日本でトップ3に入る経営者」と評する現理事長・大見英明氏の卓越した経営手腕があったという。

 

その業績回復の原動力となったのが「宅配事業」だ。現在、売上の3分の2がスーパーマーケット事業、3分の1が宅配事業で構成され、高齢化が進む地方の限界集落で食品や日用品を隅々まで届けるこのビジネスが急成長を遂げた。

 

この事業は長年の投資によって築き上げられた強力な物流網が支えており、「北海道では、実はAmazonより強い物流網を持っているとも言われている」と入山氏が話すと、会場からは驚きの声も上がっていた。

食品以外にも根を張ることで、道民の生活全体を支える

コープさっぽろが目標に掲げているのは、「北海道の住民全員の生活を支える完全なインフラ企業になる」ということ。そのため、灯油取り扱いや保険、旅行、葬儀、食品製造に医療といった広範な事業を手がけている。加えて、社会貢献活動も事業として展開している。

 

宅配で各家庭に商品を届けた後、帰りの空になったトラックで廃棄物を回収し、リサイクルセンターで処理する「リサイクルビジネス」を黒字化。同時に、財政難に苦しむ市町村に代わり、自社のセントラルキッチンと物流網を活用した「給食(スクールランチ)事業」を北海道全道の小学校に提供し、安価で高品質な給食を実現している。

 

「地方自治体の力が落ちる中、コープさっぽろが民間の力でその肩代わりをするという、全く新しい役割をこれから担っていこうと考えています。私自身、理事としてコープ札幌が行っていることにものすごく感動しています。コープという形こそが、これからの資本主義で最も重要な組織なのではないか」(入山氏)

 

 

このようにANCC-COOPのエルネスト氏・マウラ氏は、消費者目線を徹底する取り組みが、イタリアでのリジェネレーション推進に繋がることを発信。つづく入山章栄氏は、「コープさっぽろ」の事例をとおして、日本の食品業界を中心とした、リジェネラティブなビジネス展開の可能性を語った。

 

後編では、農林水産省の村上真理子氏が、省庁の立場から、食料政策やフードテック推進の現状をテーマにプレゼンを展開する。さらにUnlocXの田中氏が、日本におけるエコシステムの現状を解説し、最後は参加者でのディスカッションに移ってゆく。

プロフィール
エルネスト・ダッレ・リーヴェ
Ernesto Dalle Rive
ANCC-COOP Italia 会長

協同組合の世界に精通しており、1990年から消費者協同組合運動に携わり、Federconsumatori Piemonte、Lega Coop Piemonte、地域消費者協同組合協会において経営職を務め、両組織では会長も歴任。これまでに、Finsoe、PROMO.GE.CO.、Distribuzione Roma、Obiettivo Lavoro、Tangram、モンテルーポのCoopスクール、Coop Italia などの取締役会メンバーを務め、Coop Italiaでは監督委員会会長も兼務。現在はCoop Consorzio Nord-Ovest S.c. a r.l.の取締役であり、2007年からNova Coop Soc. Coop.の会長を務める(2007年から2022年まではCEO兼ゼネラルマネージャー)。2019年からはUnipol Gruppo S.p.A.の副会長を務め、2024年10月よりANCC-COOP会長に就任している。
入山 章栄
Akie Iriyama
経営学者/早稲田大学ビジネススクール教授

専門は経営戦略、イノベーション、経営組織論。慶應義塾大学卒業後、三菱総合研究所を経て米国ピッツバーグ大学にて経営学博士号(Ph.D.)を取得。ペンシルベニア州立大学スミール経営大学院助教授を経て現職。学術研究と実務を橋渡しする「知の探索と活用」をテーマに、企業のイノベーション創出や経営者教育に注力する。テレビ・新聞・書籍・講演など多方面で発信し、『世界標準の経営理論』はベストセラーとして国内外で高く評価されている。
村上 真理子
Mariko Murakami
農林水産省 大臣官房 新事業・食品産業部 新事業・食品産業政策課 新事業・国際グループ

2005年農林水産省に入省。家畜衛生業務や食品安全業務に従事。2023年5月より新事業・食品産業部にて、国内の食の新事業創出を支援し、フードテック官民協議会の事務局等を務める現部署に所属。広島県出身、北海道大学獣医学部卒。
田中 宏隆
Hirotaka Tanaka
UnlocX代表取締役CEO/ SKS JAPAN Founder

パナソニックを経て、McKinsey & Companyにてハイテク・通信業界を中心に8年間に渡り、成長戦略立案・実行、M&A、新事業開発、ベンチャー協業などに従事。 17年シグマクシスに参画しグローバルフードテックサミット「SKS JAPAN」を立上げ。食に関わる事業開発伴走、コミュニティづくりに取り組む中で、食のエコシステムづくりを目指し2023年10月株式会社UnlocX創設。「フードテック革命」(20年/日経BP)、「フードテックで変わる食の未来」(24年/PHP新書)共著。一般社団法人 SPACE FOODSPHERE理事/ベースフード株式会社 社外取締役/TechMagic株式会社 社外取締役/一般社団法人 Next Prime Food代表理事。