
点の動きを線にするための「国際協力」。協働組合が筆頭で進める、フード業界的リジェネラティブの未来【Inspiration Talk 第5回 後編】
前編では、「ANCC-COOP」の役員がイタリアの同協働組合での価値観や取り組みを共有。さらに本イベントのモデレーターで早稲田大学ビジネススクール教授の入山氏が、北海道の協同組合「コープさっぽろ」の経営がV字回復した事例を語った。
つづく後編では、農林水産省の村上真理子氏が食料政策やフードテック推進の現状について伝え、さらにUnlocXの田中氏が日本のエコシステムの現状を解説。最後には、日伊を交えてディスカッションが進行。「高齢化と人口減少」という日伊の共通点を導出しつつ、「協働組合が現代のプルーラルセクターとなり得る」未来など、最新の知見を共有しあう。

続いて、農林水産省のフードテック推進担当である村上真理子氏が登壇し、日本の食料政策とフードテックの動向について概括する。
2024年、その中で、先端的な技術を活用した食品産業及びその関連産業に関する新たな事業創出の促進が、食品産業の健全な発展に必要であることも明確に記された。さらに2025年6月にはいわゆる「食料システム法」が改正され、食料を持続的に供給していくための枠組みが打ち出された。この法律では、価格を見直すにあたって消費者の理解を得ながら進めることの重要性も盛り込まれている。
農林水産省では2020年に「フードテック官民協議会」を立ち上げ、食品業界に加えて、他分野の企業やアカデミア、スタートアップ、またレストランのシェフなどが集い連携するプラットフォームとして様々取り組んでいるが、関係者を拡げて更に活発に活動していきたいと考えている。
農水省がフードテック推進に取り組む背景として、主に、「食料安全保障や環境問題への対応」「労働人口減少に対応するための省人化技術」「ウェルビーイングに繋がるような食の新たな可能性の創出」の3点があると整理し、今後の課題としては、「一般の消費者にどうやって新しい『食』を受け入れてもらうか」が最も難しいポイントの一つと認識しているという。
具体的な取り組みとして、年に一度「フードテックビジネスコンテスト」の開催や日本発のフードテックを海外に展開するための支援を実施。「日本食も美味しくて、新しい食を受け入れるのが難しい点はあるので、そういった意味でご飯がとても美味しいイタリアとも、課題が共通しているところはあるかと感じています」と力を込めた。

一方UnlocXの田中宏隆氏は、自らの役割をフードイノベーションを創出する「エコシステムビルダー」だとし、日本におけるそのエコシステムの現状を解説。
同社が2017年から主催する大規模カンファレンス「スマートキッチンサミットジャパン(SKS JAPAN)」は、チェンジメーカーやイノベーターが集い、「点を線にしていく」ための重要な拠点となっている。日本でも、、フードイノベーションのエコシステムのクラスターが生まれつつあるという。
東京では、東京建物の「グローバル・イノベーション・キャンパス(GIC)」や三井不動産の「&mog Food Lab」といったデベロッパーによる拠点が次々と開設。三菱UFJ銀行のような大手銀行やベンチャーキャピタルなども参画して「Next Prime Food」という一般社団法人を設立するなど、産学官金の連携が進行中だ。
また、こうした動きは東京だけにとどまらず、四国や静岡、東北、そして東三河の「フードバレー」など、全国にまで波及 。今年5月には「北海道フードイノベーションサミット」を開催し、300人以上のイノベーターが集まって食農の未来と取るべきアクションについて語り合ったという。
「これらの動きが加速度的に立ち上がりつつあります。が、まだ点や少し繋がった線のような状態です。だからこそ、コープさっぽろのような強力な組織や政府の支援なども受けつつ、かつ自らも新たなビジネスモデルを生み出しながら、それぞれの点が強くなり、繋いでいく・繋がっていくことが重要となるでしょう」(田中氏)

それぞれのプレゼンテーションを受けて、会場はオープンディスカッションへと移行。入山氏がオンラインからスペシャルゲストとして参加したボローニャ大学ビジネススクールのマッテオ・ヴィニョーリ教授に話を振ると、同氏は本イベントが日伊両国の協同組合エコシステムに触れられた点が非常に興味深いと評価。そして、今後の展望として、主に2つの可能性を提示した。
1つは「協同組合間の国際連携」だ。「食」という共通の価値観を基盤に、生産者やパートナーといった両国の組合が協力し合えば、互いの製品価値は国内だけでなく国際的に高めることができるとする。もう1つは、「協同組合という事業モデルの持つ可能性」。同氏は、協同組合が危機的状況下だけでなく、企業が長期的に繁栄するための選択肢になり得るとした上で、消費者を食の源流に近づけるこの仕組みこそが未来を豊かにすると語った。
イタリアからの参加者は、「協同組合」と「食」という2つの共通点を踏まえた上で、「イタリアの国民的アイデンティティにおいて『食』は中心的なものです。『我々は我々が食べるものでできている』という考え方が根強く、そのため、『食』を変えることは非常に難しい」と話す。同時に、サステナビリティの観点から変革を求められるジレンマがあるなか、「もし1円でも、1ユーロでも投資できるとしたら、未来のタンパク質を変えるために、どの新しいテクノロジーに投資しますか?」と問いかけた。
これに対し田中氏は、インパクトの大きさから主眼はアグリテック(農業技術)を通じて「既存の農業を変えることにあるべき」だと回答。加えて、地球への依存度を減らす新しい技術も必要だとし、10年という時間軸で見た場合、発酵技術に強い関心を持っていることを明かした。

日本とイタリアの協同組合の共通点と相違点が明確となった本イベントの議論を受けて、ANCC-COOP会長のエルネスト氏は「協同組合が果たすべき重要性とは?」という、組合の本質を問う質問を投げかける。これに対し入山氏は、コープさっぽろが日本の生協のなかでも突出した存在であると前置きしながら、協同組合の使命を次のように語った。
「日本はイタリアと同じように高齢化と人口減少が進み、過疎化が進んでいます。そして残念なことに、貧富の差も拡大しています。ですから、少なくとも私たちコープさっぽろが生協として果たしたい役割は、そういった困難な状況にある方々が幸せに生きられるような社会を北海道という地域につくっていくことです」(入山氏)
入山氏は、2025年7月に世界的な経営学者であるヘンリー・ミンツバーグ教授がコープさっぽろを訪れたことに言及。ミンツバーグ氏が提唱する民間セクターと政府セクターの間を橋渡しする第三のセクター「プルーラルセクター(多元的セクター)」の重要性を強調し、「我々生協は、まさにそのプルーラルセクターを担う役割だと思っています」と力を込めた。
最後に、「今、世界では単純にお金だけを追い求める資本主義が限界を見せています。そのなかで、イタリアでも日本でも生協が果たす役割はとても大きいはず」と入山氏が会場へと語りかけ、約2時間におよぶ日伊の貴重な知見共有の場は幕を閉じた。
日本とイタリア、遠く離れた2つの国が共有する「食」と「協同組合」という価値観。そこから生まれるソーシャルイノベーションは、リジェネラティブな都市と地域社会をつくる上で、重要な示唆を与えてくれる。この日交わされた対話は、持続可能性を超えた「再生」への第一歩として、参加者の心に刻まれた。

協同組合の世界に精通しており、1990年から消費者協同組合運動に携わり、Federconsumatori Piemonte、Lega Coop Piemonte、地域消費者協同組合協会において経営職を務め、両組織では会長も歴任。これまでに、Finsoe、PROMO.GE.CO.、Distribuzione Roma、Obiettivo Lavoro、Tangram、モンテルーポのCoopスクール、Coop Italia などの取締役会メンバーを務め、Coop Italiaでは監督委員会会長も兼務。現在はCoop Consorzio Nord-Ovest S.c. a r.l.の取締役であり、2007年からNova Coop Soc. Coop.の会長を務める(2007年から2022年まではCEO兼ゼネラルマネージャー)。2019年からはUnipol Gruppo S.p.A.の副会長を務め、2024年10月よりANCC-COOP会長に就任している。

専門は経営戦略、イノベーション、経営組織論。慶應義塾大学卒業後、三菱総合研究所を経て米国ピッツバーグ大学にて経営学博士号(Ph.D.)を取得。ペンシルベニア州立大学スミール経営大学院助教授を経て現職。学術研究と実務を橋渡しする「知の探索と活用」をテーマに、企業のイノベーション創出や経営者教育に注力する。テレビ・新聞・書籍・講演など多方面で発信し、『世界標準の経営理論』はベストセラーとして国内外で高く評価されている。

2005年農林水産省に入省。家畜衛生業務や食品安全業務に従事。2023年5月より新事業・食品産業部にて、国内の食の新事業創出を支援し、フードテック官民協議会の事務局等を務める現部署に所属。広島県出身、北海道大学獣医学部卒。

パナソニックを経て、McKinsey & Companyにてハイテク・通信業界を中心に8年間に渡り、成長戦略立案・実行、M&A、新事業開発、ベンチャー協業などに従事。 17年シグマクシスに参画しグローバルフードテックサミット「SKS JAPAN」を立上げ。食に関わる事業開発伴走、コミュニティづくりに取り組む中で、食のエコシステムづくりを目指し2023年10月株式会社UnlocX創設。「フードテック革命」(20年/日経BP)、「フードテックで変わる食の未来」(24年/PHP新書)共著。一般社団法人 SPACE FOODSPHERE理事/ベースフード株式会社 社外取締役/TechMagic株式会社 社外取締役/一般社団法人 Next Prime Food代表理事。