2026.08.20

東京駅前のオフィス街に、自然と集える余白を——八重洲に生まれた「木の間の庭」とは

東京駅から徒歩数分、オフィスビルが立ち並び、絶えず人が行き交う八重洲の一角。その街なかに、木の什器がゆるやかに並ぶ「庭」のような場所が生まれた。その名は「木の間の庭」。Regenerative City Tokyo構想が掲げるリジェネレーションの思想をまちなかで形にした場だ。コンセプトは「木材の循環プロセスに、都市の余白を」。オフィス街の真ん中に人が自然と集い、休まる場所を——なぜ、その一歩を踏み出したのか。2025年7月にスタートし、2026年4月にその空間づくりが 完成した本プロジェクトに携わる東京建物の今野誠之氏に、その出発点と今期にかける思いを聞いた。

チャレンジキッチンの敷地が、リジェネの「実装」の場になるまで

そもそも「チャレンジキッチン」は、社会課題の解決につながる新しい食のあり方をテーマに、若手料理人の独立開業をキッチンカーという形で後押ししてきた取り組みだ。八重洲・日本橋・京橋(YNK/インク)エリアを舞台に、フードロスや健康といった「食」の課題に向き合うシェフたちが、これまで腕を振るってきた。今回で8の団体・個人の料理人(チャレンジャー)を迎えてきたこの事業自体は、いまも変わらず続いている。2026年に大きく変わったのは、その「空間」のほうだ。そこに「リジェネレーション(再生)」という思想を吹き込んだことで、「木の間の庭」が生まれた。

 

負荷を減らし、現状を保つ——というサステナブルの考えの、さらに先へ。人の手を通じて新たな豊かさを生み出し、関わる人や場が増えるほど、価値がめぐり、積み重なっていく。Regenerative City Tokyo構想が掲げるのは、そんな新しい価値が循環していくまちのあり方だ。その思想を「構想で終わらせず、実際のまちで形にしようとした試みが『木の間の庭』プロジェクト」(今野氏)だったという。

 

その「木の間の庭」の出発点となったのは、今野氏が2023年に参加していた人材育成プログラム「RegenerActor(リジェネアクター)」だった。これは、日本から新たな食の価値の創出を目指す一般社団法人TOKYO FOOD INSTITUTEと、イタリアを拠点に食を起点としたリジェネレーションを世界へ広げてきたFuture Food Institute、そして東京建物が共同で開催する、リジェネレーションを体現する人材を育てる研修プログラムだ。

 

RegenerActorから生まれた構想は、チャレンジキッチンとの出会いによって、机上の空論から一気に、現実のものへと動き出すことになる。

今年のキッチンカーでは、逗子・葉山を中心に活動している「海とケチャップ」が出店。地域であまってしまった魚を使用したホットドックを2026年9月までこの場で提供する

「チャレンジキッチン自体は、2022年から続いてきたプロジェクトです。一方で僕らは、自分たちが推進してきたリジェネレーションの概念をまちに実装していきたいと考えていた。それぞれ並行して進んでいたものが、合流したというイメージです」

「場所ありき」で考える——八重洲の課題から

その合流のきっかけは、シンプルだ。RegenerActorプログラムを経て、リジェネレーションを体現する場をつくる——そう動き出したとき、未活用の「空間」としてチャレンジキッチンのスペースが目に止まった。

 

「『場』をつくるということは当然、土地や空間が必要になります。屋上や空き家など、いろいろな候補をメンバーで考えるうちに、『自分たちが使える場所ありきで考えるのもありなんじゃないか』という話になって。最初は東京建物の本社がある八重洲ビルの地下の空き地で、という案もあったのですが、『目の前にいい場所があるよね』と。それが、チャレンジキッチンの場所であり、二つのプロジェクトが合流するきっかけにもなったんです。そうして『木の間の庭』プロジェクトは2025年7月にスタート、2026年4月に空間を完成させて、その活用をチャレンジキッチンへとバトンを渡しました」

 

当時、チャレンジキッチンサイドにも課題が浮上していた。キッチンカーだけでは、なかなか人の足が向かない。この空間をもっと活かせないか、別の使い方はないか——そんな議論が起きていた。空間全体でリジェネレーションを表現したいリジェネアクターチームと、場所を活かして集客につなげたいチャレンジキッチンチーム。目指す未来が一致したことで、二つのプロジェクトはこの場所で合流することになった。

 

まず行なったのは、「このまちをリジェネラティブにするためには何が足りないのか」を問うことからだ。今野氏は、プロジェクトの進め方を「紆余曲折あった」と振り返る。リジェネレーションが目指す「全方位に良いもの」を実現しようとすると、何か一つ欠けただけで理屈が通らなくなる——そんな難しさがメンバーの間にあった。そこで、八重洲の課題をあらためて洗い出すところからスタートした。

 

「最初に出てきたのが、オフィス街である八重洲エリアの夏のひどい暑さと、ビルの間を抜ける冬の冷たい風でした。夏と冬の過ごし方が、どうしても室内に限られてしまう。外で気持ちよく過ごすことのハードルが、すごく高いよね、という議論になって」

ビルが立ち並ぶオフィス街で、外で心地よく過ごすには何ができるか——それが新たな空間づくりの原点になった。

 

「そこから、『自然と』というコンセプトが生まれました。自然と過ごす、自然と誰かと一緒に過ごす。そういう居場所をつくろう、と。その中で、再利用できる木材の話なども出てきて、形にしていったんです」

 

八重洲という街のありようも、発想を後押しした。再開発が進むエリアと比べると、八重洲には戦後や高度経済成長期の建物が残り、まだ「コンクリートジャングル」の雑多さがある。だが今野氏は、それを否定すべきものとは捉えていない。

 

「八重洲は、その雑多な感じが多様な顔となって、魅力になっている部分も大きい。ただ、これから働き、生きていく中で、より良い形とは何だろう——というところを未来に向けて考え続けていかなければならないなと思っていました」

 

街の個性を矯正するのではなく、ともに生きる。その第一歩として、ホッとできる場所を一つ——「面で全部やるというより、まず一点で、少しでも実現できればいい。そのくらいの軽やかさでプロジェクトがたくさん生まれていったらいいなと思います」と今野氏は振り返る。

 

こうして生まれた「木の間の庭」は、その名の通り、木材の循環プロセスそのものを、まちの余白に持ち込んだ場所だ。本来は専用の施設で行う木材の乾燥を、都市の空き地で「使いながら」行う。乾燥のために並べられた木材は、テーブルや椅子として組み替えられ、訪れる人の体験の一部になる。檜原村で林業を営む東京チェンソーズが木材の提供からデッキの施工までを担い、設計は若手クリエイター集団のASIBAが、施工・制作は「Do It Together」を掲げる&kidea.が手がけた。廃棄されるパラグライダーから生まれたHOZUBAGのタープ、imaoneが「右手で与え、左手で巡らせる」循環を描いた壁画——いくつもの再生の試みが、一つの場所に重なっている。

ひとつの課題解決の、その先へ

若手料理人を支えてきたチャレンジキッチンと、新たに生まれた「木の間の庭」。二つの違いはどこにあるのか。今野氏は「進化ポイントは難しいのですが」と前置きしつつ、こう話す。

 

「やはり、『一つの何かを解決しよう』という感じではないんです。リジェネラティブに何かをやろうとしても、それはサステナブルな枠の中なんじゃないか、ということが往々にしてある。でも今回は、本当に多方面に良いものを目指しました。たとえば、やりたいことがあって経済的な負担が出るなら、それを減らすために何ができるか——など、出てきた課題も多角的な視点で取り組むと答えが出てきたりする。リジェネレーションの思想を持って取り組むとはどういうことなのかを、僕ら自身が実感できた貴重な機会にもなっているのかなと思います」

 

フードロスを減らす、健康に資する——チャレンジキッチンの挑戦が「一つの課題」を引き受ける営みだとすれば、「木の間の庭」が目指しているのは、人の居場所も、経済も、環境も、文化も、同時に満たす「全方位の良い」。それぞれが別々に価値を追う多様性から、複数の価値が同じ場で同時に満たされる多元性へ。人が憩う居場所、都市の余白の活用、木や廃材の循環、アートによる表現、そして食。いくつもの巡りが一つの場所に重なるさまは、その思想を素直に映している。

 

もっとも、今野氏は理想の難しさにも自覚的だ。

 

「全方位というのは、実際のところ、なかなか難しい。実践として実現が不可能なこともあります。だからこそ、その最大値を目指す。今回のプロジェクトは、そこにかなり近いところまで行けたんじゃないかと思っています」

「自然と」、いろんな人に刺さるように

休むこともできる。少し逃げ込むこともできる。あるいは、ここから自分の働く場所を眺めて、もう少し頑張ろうと思えるかもしれない。誰がいてもいい「あわい」の空間。それが自然な形で実装されていることこそ、この場所の手応えだろう。今野氏のことばも、やはりコンセプトに還っていく。

 

「我々が目指すのは、コンセプトに掲げた『自然と』というところ。それが、なるべくいろんな人に刺さっていたらいいな、と思っています」

 

ひとつの正解を掲げるのではなく、「全方位の良い」の最大値を探し続けること。「木の間の庭」は、その実験のはじまりの場所である。木材が乾き、組み替えられ、やがて次の用途へと巡っていくように、この場所もまた、訪れる人々とともに姿を変えていくだろう。

「木の間の庭」の空間設計を手がけたASIBA・秋山真緩氏、什器の制作を担った&kidea.・白濱匠太郎氏へのインタビューは、続く後編で追っていく。

 

(写真/尾藤能暢)