
世界的な市場拡大の一方で、海の環境変化と食の多様化によって衰退の危機にある日本の海藻文化。この課題に、基礎研究から栽培、新しい食文化の提案まで一気通貫で挑むのが、合同会社シーベジタブルだ。
東京・八重洲の同社初の常設拠点「シーベジスタンド」にて、地域の海の生態系回復と都市での消費が相互に循環するリジェネラティブな挑戦の現在地と未来を、同社共同代表の友廣裕一氏に聞いた。
世界銀行のレポートが「2030年までに1.7兆円の新たな市場が生まれる」と試算し、EUをはじめ各国が重点産業として投資を加速させるなど、いま世界中で海藻への注目が急速に高まっている。食料としての可能性にとどまらず、気候変動対策やバイオプラスチック(※植物や海藻など、生物由来の原料でつくるプラスチック)などの新素材原料としても、次世代の持続可能な自然資本として期待が集まっているのだ。
日本は、そんな海藻産業のトップランナーとして世界から熱い視線を浴びている。というのも、国内には約1,500種もの海藻が生息し、古くは100種以上が食用とされていたという説もある。現在でも全国で約50種が食べられており、海藻の生息種と食利用の多様性において、世界を独走する立場にあるのだ。しかし、シーベジタブル共同代表の友廣裕一氏は「この国の海藻産業は、農業に例えるならいまだ『畑作以前』の段階にある」と指摘する。

「現在、漁師さんが種苗を調達できる状態まで養殖技術が確立しているのはノリ、コンブ、ワカメ、オキナワモズクの4種類ほどしかありません。国内で食べられている海藻の大半は天然採取に依存しています。いわば、野生のキノコや山菜を採って食べているような特殊な産業なんです。しかし近年の急激な海洋環境の変化で各地で磯焼けが起き、供給が途絶えて地域固有の食文化そのものが消えつつあります」(友廣氏)
「磯焼け」とは、海水温の上昇などの海洋環境の変化により、沿岸で海藻が育たなくなり、著しく減少・消失してしまう現象のこと。かつて豊富に採れていた天然資源の激減は沿岸漁業の存続を揺るがし、地域固有の食文化すら途絶えかねない深刻な危機をもたらしている。
こうした厳しい現状の一方で、海藻が秘める知られざる魅力と可能性に着目し、2016年に立ち上げられたのが合同会社シーベジタブルだ。「海藻で 海も人も すこやかに」というビジョンを掲げ、海藻に特化した基礎研究から種苗(しゅびょう)生産、陸上・海面栽培、さらには新たな食文化の提案までを一気通貫で手がけている。
もっとも、海藻を「育てる」ことは簡単ではなかった。最大の壁は、農作物でいう「種」にあたる種苗の生産技術が、大半の海藻で未確立だったことだ。ゼロから技術を築くための知見は、世界のどこにもほとんど存在しなかった。シーベジタブルは独自の研究開発でこの壁を突破。現在では世界で唯一、30種以上の海藻で種苗の量産化に成功し、すでに十数種は、海や陸上で育てて食卓へ届ける段階まで進んでいる。
しかも、海藻を海で育てることは、海そのものを元気にする。一般社団法人グッドシーの調査では、海藻を栽培している海域は、そうでない海域に比べて魚の数が最大36倍に増えることがわかった。海藻を育てる営みそのものが、疲弊した海の生態系を再生する役割を果たしているのだ。
しかし、どれほど優れた生産技術を確立しても、食べる人がいなければ産業は持続しない。日本国内の一人当たり海藻消費量は、この30年間で約50%も減少している。
「アンケートをとると、実に80%以上の日本人が『海藻が好き』と答えます。にもかかわらず消費が激減している最大の要因は、食べ方のレパートリーが極端に少ないことです。グッドシーの調査では、海藻の食べ方の90%以上が和食に偏っていました。30年前までは朝食に米を食べる頻度が高く、味噌汁に昆布だしやわかめ、海苔、海苔の佃煮、ひじきの煮物といった形で自然と海藻を口にしていましたが、朝食の洋食化や外食の多様化が進む現代の食生活の中で、海藻の出番が減ってしまったのです」(友廣氏)
だがそれは、海藻が現代の食に合わないことを意味しない。むしろ海藻は油や乳製品との相性が抜群で、パスタや洋風の味付けにも驚くほど馴染む。そこでシーベジタブルは社内に一流の料理人を迎え、5年以上にわたって独自のキッチンで新しいレシピや調味料などの開発を重ねてきた。その結果、同社の海藻はミシュランの星付きレストランや国内外の先鋭的なトップシェフからも高い評価を得た。それでも、海藻は依然として「脇役」の域を出なかった。

「もっと海藻が主役になり、むしゃむしゃ食べてもらえる場をつくりたい」——その想いを形にする第一歩が、百貨店でのポップアップ出店だった。そこで確かな手応えをつかみ、2026年3月、東京建物の協力によってオープンした初の常設拠点が「シーベジスタンド」(東京・八重洲)だ。

1階は、海藻ラーメンやおつまみ、すじ青のりをトッピングしたジェラートなどを、海藻を使ったクラフトビールや酒とともに立ち飲みで気軽に楽しめる「シーベジスタンド」。2階は、海藻の発酵調味料やスイーツなど、最先端のガストロノミー(美食の探究)を研究・提供する予約制の「SEAVEGE- Kitchen Lab」がある。
出店地に八重洲を選んだ理由を、友廣氏は「街の懐の広さ」だと語る。
「八重洲は東京駅前という交通の要所でありながら、国内外の旅行者やビジネスパーソン、地域の人々が自然と混ざり合う街です。海藻という新たな食文化を、専門知識がない方にも気軽に体験してもらう発信拠点にするには、いろいろな人が行き交う場所が最適でした。
それに加えて、昔ながらの路地や心地よいカオス感が残っているのも魅力です。表参道や丸の内のように洗練されすぎた街だと、普段海に潜っている研究者や現場のメンバーが気後れしてしまいますが、八重洲なら北海道から九州・天草までの生産者や現場スタッフが海から直行してきても浮かないなと(笑)。誰もがフラッと立ち寄れるオープンさがありつつ、身内も気兼ねなく集まれる『街の懐の広さ』があったからこそ、この場所を選びました」(友廣氏)


細長い形の店内には、天井に水面のような影を落とす海藻シャンデリアや、常滑焼(とこなめやき)の伝統技法「藻掛け(もがけ)」から着想を得て海藻をマスキングに用いて焼いた赤土タイル、本物の昆布を用いたランプシェードなど、海藻への愛が細部にまで宿っている。
「近隣企業のサステナビリティ担当者がふらっと立ち寄って協業の話が始まったり、全国各地の醸造家や食品の生産者が立ち寄ってコラボ商品の会話をしたり、海外の研究者や海藻スタートアップが訪れたりと、自然な異業種交流が生まれています。海藻という共通言語を通じて、多様な人が混ざり合うハブになりつつある手応えを感じています」(友廣氏)
江戸時代から食文化が育まれてきたYNK(八重洲・日本橋・京橋)エリアの真ん中で、海藻を「共通言語」に多様な人々が混ざり合う。「シーベジスタンド」は早くも、まちに開かれた交流拠点になりつつあるのだ。
前編では、技術の確立から、東京・八重洲に海藻食の拠点「シーベジスタンド」や「SEAVEGE- Kitchen Lab」を開くまでの歩みを追った。後編では、都市の消費と湯河原の海をつなぐ官民連携の「湯河原モデル」と、異業種へ広がる共創の取り組みに迫る。
(文・須賀原みち/写真・梶礼哉)

大阪府出身。大学卒業後、全国の農山漁村を訪ねる旅の中で蜂谷と出会い、ビジネスプランの構想を手伝った縁から共に合同会社シーベジタブルを創業。地域での事業立ち上げなどを経て、現在はシーベジタブルにおける組織づくり、企業との事業開発、東京・八重洲の飲食拠点の立ち上げなどを推進。人や組織をつなぎながら、新たな海藻食文化を社会へ広げるべく駆け回る。