
10gの土の中に広がる宇宙——億単位の微生物から農業を再生させる、独自のメソッド【Inspiration Talk 第12回 前編】
2026年5月20日、東京・八重洲の「Tokyo Living Lab」にて、連続イベント『Regenerative City Inspiration Talk〜東京からリジェネラティブな都市の未来について考えよう!〜』の第12回が開催された。
ゲストは、次世代農業ベンチャー・株式会社BG代表の富松俊彦氏。「おいしいで選ぶと、農業が変わる」をテーマに、土壌の劣化という見えない危機から、廃棄物を肥料に変え農家に副収入をもたらすカーボンクレジットの仕組みまで——前編では、富松氏が描く農業変革の哲学と3つのアプローチを追う。
自身は東京生まれ・東京育ちである、株式会社BG代表の富松俊彦氏。農業にも、20代半ばまでは全く触れてこなかったという。
そんな都会生活の転機となったのは、26歳の時に人生の方向性を模索する中で、2週間かけて新潟や福島の農家を巡る旅に出たことだった。道中、タンポポの綿毛のようなものが一面に広がる「長ネギ畑」を見て、「天国みたいで綺麗だ」と感動。その農家の方に「あの綿毛みたいなものはなんですか?」と問うと、「お前、”ネギ坊主”も知らないで! だから東京はダメなんだ!」と叱咤され、大きく胸を打たれたという。
「私は、自分が普段食べているものがどういう形なのかすら知らないし、誰がどう作っているかも知らずに生きてきたんだなと。都市と農村の”分断”を、当時の自分なりに強く感じました」(富松氏)

この原体験から、2009年に富松氏は、子ども向けに食育食材を届ける株式会社ベジリンクを創業。農業と保育園を繋ぐ取り組みを1200以上の保育園に展開する事業へと成長させた(編集部註:令和7年に「はいチーズベジ株式会社」へ事業譲渡)。
そんな富松氏にとって、さらなる転換期となったのが、千葉県のとある農家との出会いだった。ある日、その農家から10gの土を手のひらに置かれ、「ここに微生物が何匹いると思う?」と問われた。「1億匹くらい?」と富松氏は答えたが、実際に計測したところ、10gの土に約60億〜70億匹の微生物がいたという。状態の良い土でより小さい微生物も含めれば、兆単位の生命が息づいている——この現実にも、富松氏は打ちのめされる。
「10gの土に、地球の人口くらいの生命がいる感覚に襲われました。目の前の農家さんが見えない生命の宇宙をコントロールする創造神のように見えて、そんな農業の世界観にロマンと感動を覚えたんです」(富松氏)
しかし同時に、農家自身も自分たちを過小評価しているという巨大なギャップにも直面した。その農家は自分たちの人参を「普通」と言っていたが、店で買った人参を食べてもらうと「(広く流通している市販の)人参ってこんなにマズいのか」と驚いていたのだ。
社会の側はもちろん、当の生産者自身ですらその価値に気づいていない。だからこそ、農業の本質的な価値をきちんと定義し、それを正しく社会に届けることができれば、農業のあり方そのものを大きく変えていけるのではないか——。そんな想いから富松氏が着目したのが、すべての生命の土台である「土(自然資本)」そのものだった。

その考えの元には、千葉県の農家の「農家は野菜を作っているんじゃない。環境を作っているんだ」という言葉がある。本来、野菜を育むのは太陽や水、土の中の生態系だが、現在の日本の慣行農業99.3%は、過去70〜80年の化学肥料・農薬依存の農業へのシフトによって、砂のようにサラサラとした「単粒の土」へと劣化し、気候変動に対して極めて脆弱になっている。土壌の生態系が破壊された結果、土の保水力や通気性が失われ、その結果、昨今の猛酷暑による農作物の価格高騰や品質低下が表面化しているのだ。
では、なぜ自然の山は人の手を借りずに育つのか。それは、落ち葉や動物の糞尿といった有機物が土壌に蓄積され、微生物がそれを分解して栄養が回る「自然循環サイクル」があるからだ。一方、現代の一般的な畑は、一度更地にしてから化学的アプローチを施し、収穫物をすべて持ち去るという「マイナスのサイクル」に陥ってしまっている。

「人間が何かを投入し続けなければ維持できない仕組みではなく、自然循環ができるような仕組みを作っていくというのが自分たちのアプローチです。70年前に世界的なムーブメントとなった『緑の革命』というものがありますが、自分たちは”野菜を作る”という人間の手法だけではなくて、ある種自然と共生をしていきながら、また次の緑の革命を起こしていきたい。そう考えて掲げたのが『Next GREEN Revolution』(次なる緑の革命)です」(富松氏)

しかし、現在の農業の産業構造では、農作物の価値は「サイズと見た目」という規格だけで評価されるという事実がある。その結果、農家の関心も収穫量や出荷量という部分に縛られがちで、どれほど土作りにこだわって素晴らしい野菜を育てたとしても、既存の流通システムの中では正当に価値が評価されづらく、つくり手の想いや本質的な価値が消費者に伝わりにくいという構造的な壁がある。
こうした既存のバリューチェーンを抜本的に変革するため、BGは独自の方法論『ネクストグリーンメソッド』を開発した。
富松氏率いるBGが社会実装を進める『ネクストグリーンメソッド』は、『Soil Next(多様性の高い土作り)』、『Agri LCA+(土壌価値の可視化)』、『Next Green Credit(環境への好影響を価値化)』という3つのステップから成り立っている。

日本の農業は、野菜の食料自給率以上に「肥料の海外依存率99.7%」という致命的なリスクを抱えている。昨今の地政学リスクや、過去10年で2倍以上という化学肥料の価格高騰に直面するなか、BGは独自の有機発酵資材『Soil Next』を開発。これは、生物多様性の高い土を作ることで、微生物が窒素を固定し栄養を土に蓄え、気候変動の影響にも強い土へと育てることを目指すものだ。

「Soil Nextは、本来なら廃棄物として捨てられるはずだった地域ごとの有機物をベースに、自然界の植物や動物、海藻や鉱物など、山や海からの多様な有機物とミネラルを原料として、2段階の発酵過程の後に熟成させます。単一栽培となってしまう畑においても、自然界の多様な土壌生態系へと近づけていく。そうすることで、収量を維持しながら化学肥料や農薬を減らし、野菜はよりおいしく、地球環境への負荷は小さく、気候変動へのリスク耐性も高い自立安定的な農業へのシフトを可能にします。
今回はサンプルとして千葉の有機農家さんが自身で作られている資材をお持ちしました。この方は弊社と同じように、廃棄物を循環させながら堆肥を作っています。原料の約6割が飲料メーカーからでる『コーヒーかす』。そこに落花生の殻、酒粕、米ぬか、さらには醤油メーカーから出る出汁殻のわかめなどを配合し、1年ほどの時間をかけてじっくりと発酵させています。本来であれば産業廃棄物として捨てられてしまうものを、自分たちで堆肥として活用していく。そうすれば外から肥料が来なくなったとしても、ずっとその場所で野菜の生産を支える環境を整えられるのです」(富松氏)
すでに北海道を主要拠点として、籾殻と牛糞などを組み合わせたプラント開発も進行中。2025年には、参画した9つの農家(合計面積55ヘクタール・東京ドーム11個分)において、化学肥料の投入量を平均48%削減しながら、収穫量を29%増加させるという成果を出した。特に砂糖の原料となる「てんさい」は、糖度を維持しながらサイズアップ。微生物を介して植物がミネラルやアミノ酸を豊富に吸収したことで、経営のレジリエンスだけでなく、「美味しさ」の向上をもたらす好循環が期待されている。
とはいえ、どれだけ環境に良い土作りをしても、その価値を証明できなければ規格大量生産の市場に埋もれてしまう。そこでBGは産業技術総合研究所(産総研)と共同で、農業活動の環境負荷軽減や生物多様性への貢献度を定量化する独自技術『Agri LCA+』を開発し、特許を取得した。この仕組みにより「この野菜はこれだけ環境負荷を減らしているのか」を数字で証明できるようになり、それが「美味しさ」にも繋がっていることを独自の指標で示しながら、社会へ発信している。

そして、『Agri LCA+』によって可視化された環境価値が農家の新しい収入源となり、直接還元される仕組みとして、BGは日本初となる農業由来のボランタリークレジット『Next Green Credit』を創出した。国際認証を取得し、日本海事協会による第三者検証を経た信頼性の高いカーボンクレジットで、カバークロップ(緑肥)の取り組みや化学肥料の削減といった農家のアクションをクレジット換算する。温室効果ガス(CO2)の削減だけでなく、水質や生物多様性への貢献もすべてモニタリングできるのが特徴だ。

「農業は環境のための産業ではなく、自分たちが生きていくために必要な作物を作る産業です。だからこそ、より良い作物を作るためのアクションをすればするほど、実は環境にも良くて、さらにクレジットという副収入が入ってくる仕組みにしました。農家さんたちが有機的な農業に切り替える理由づくりをしていきたいと考えています」(富松氏)

土という「見えない生命の宇宙」との出会いから、「農家は野菜ではなく環境を作っている」という気づき、そしてその環境価値を土作り・可視化・クレジットという3つの仕組みに落とし込むまで——富松氏は、農業という産業そのものを再定義した。後編では、こうして生まれた野菜が都市の日常へと届く舞台——東京・八重洲の新ビル内職域食堂での導入や、「おいしいとは何か」をめぐって交わされた参加者たちの本音をお届けする。
(文・須賀原みち/写真・後藤秀二)

農業のもつ教育的な側面を価値化し、保育園の子どもたちに食育を目的とした給食食材のお届けサービスを展開する株式会社ベジリンクの創業者として、さまざまな農家とのつながりのなかで、土壌に秘められた可能性に心を奪われ、農業の持続可能性を高めるためにBGを創業。「BLACK TO GREEN|今までにない視点で農業のまだ見ぬ価値を発見し、社会に共有し続ける」をミッションに掲げる。