2026.09.18

見えない価値に、お金を届ける——自然資本ファイナンスが切り拓く新しい回路【Inspiration Talk 第13回 後編】

みずほフィナンシャルグループの大谷智一氏が、「ブルーエコノミー」に挑む歩みを追ったのが前編だった。後編では、社会的インパクトをテーマに参加者を交えた対話セッションで語られた、リジェネラティブな事業に資金を呼び込むための現実的なヒントをお届けする。

社会的インパクトを評価し、金融の仕組みとするために

インプットトークの後半では、大谷氏は〈みずほ〉における「社会的インパクトを通じた自然資本増進への取り組み」を説明する。

 

まずその前提として、「インパクトファイナンス」の位置付けが示された。サステナブル・ファイナンスにはさまざまな手法があるが、大きくは、資金使途や評価基準に基づいてサステナビリティを示す「ラベルファイナンス」と、環境・社会へのポジティブな影響の創出を主な目的とする「インパクトファイナンス」に整理できる。

 

従来の融資は「財務的なリスクとリターン」という二軸(x・y)の平面で事業性を判断してきた。それに対して、環境や社会に及ぼすポジティブな変化を「インパクト」として立体的な第3の軸(z)を加えることで、「経済性」と「社会課題の解決」という二つの要素の両立を目指すのが「インパクトファイナンス」の考え方だ。

 

これは、財務的リターンを重視する従来型の投融資とも、リターンを求めずに資金を提供する寄付や助成とも異なる。適切なリスクとリターンを確保しつつ、環境・社会にどのようなインパクトを生み出すかを明確にし、その成果を測定・可視化していく新しい投融資手法である。

この多角的な成果を客観的に評価するため、みずほでは、国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP-FI)の国際基準に準拠し、12のインパクトエリア・34のトピックをレーダーチャート化した「新インパクトレーダー」を開発した。例えば、基礎化学品(サトウキビ発酵など)の生産事業であれば、ポジティブ側に「雇用」や「賃金」が表れる一方、ネガティブ側に「土壌」や「水質」、「気候変動への悪影響」といったリスクが視覚的なデコボコとして浮き彫りになる。

 

ここで、会場から上がった「最終的にどういったフローを経て、分析した結果をお金で表すのか?」という質問に対して、大谷氏の答えは「あえて貨幣換算をしない」というものだった。

 

「社会的インパクトを無理に金額に換算しようとすると、通常の財務諸表による経済性と同列で比較され、結果として本来の価値が矮小化されてしまいます。感じ方も人それぞれですし、人の価値を貨幣で決めるべきでもない。だからこそ、貨幣ではないデコボコの指標のまま、相対的に評価できる形に留めています」(大谷氏)

 

会場からは「チャート内にある100%という数値の意味」を問う質問のほか、「企業の事業全体と現地のどちらに向けられた評価なのか」といった実務的なモニタリング範囲や投資対効果への問いも投げかけられた。大谷氏は、「100%」とはインパクトの強さが最大となる組み合わせを示した比較指標であり、評価は基本的にグローバル展開する日系企業全体を対象とすることで、現地の調達リスクも含めてサプライチェーンのリスクを把握・管理するためのものだと回答する。

〈みずほ〉は2025年2月、「Mizuho 自然資本インパクトファイナンス」を始動。これは、資金使途を限定せず、企業の自然資本に関する取り組みや情報開示をみずほ独自の基準で評価し、金利優遇に繋げるローン(融資商品)だ。

 

「企業の個別案件を毎回審査して第三者認証を取得するのではなく、あえて融資する『商品自体の仕組み(フレームワーク)』に、あらかじめ格付機関(JCR)や国連開発計画(UNDP)との連携による包括的な第三者意見を組み込みました。融資の手間とコストを勘案し設計したものです。」(大谷氏)

リジェネラティブな事業をビジネスとする難しさ

対話セッションでは、「リジェネラティブな事業をビジネスとして成立させるために、どのような制度やプレイヤーが必要か」というテーマのもと、会場では以下の3つの問いを軸とした議論が交わされた。

 

「問い1:仕事や日常の中で、“社会的意義は明らかなのに、お金が回らない”と感じた場面はありますか?」

 

「問い2:皆様の業界・領域では、目に見えない価値をどのように評価・可視化していますか?工夫している点や、逆に難しさを感じている点を教えてください。」

 

「問い3:皆様の業界・組織では、リジェネラティブな取り組みに対して、どのような“お金の流れ”があれば動きやすくなりますか?」

まず「問い1」に対し、新規事業開発やブランディング支援を手がける参加者は、「天候リスクによる直前返金に対応できない、メーカーの硬直した決済システム」や「資本主義のロジックと、脱資本主義的なプレイヤーとの調整の難しさ」を語った。福祉や地域活動の現場で働く参加者からは、有償ボランティアに頼る地域の互助活動が、若い世代を巻き込めずに老老介護状態に陥る現実も指摘された。これらに対し大谷氏は、目に見えない価値の可視化を議論する手前の段階として、そもそも既存の硬直した商慣習そのものが、社会的価値を持つ活動への資金循環を阻む大きなボトルネックになっているのではないかと指摘する。

 

続く「問い2」の「目に見えない価値の可視化」では、実践的なアプローチが次々と飛び出した。東京建物がスタートアップと協働する「社員食堂の食材を育む土壌健康度の数値化」の事例を挙げるほか、保険会社に勤める参加者からは「将来リスクを『円』に換算する生命保険業界において、非財務指標を扱うことの難しさ」が共有された。ほかにも、高橋氏がガーナの栄養改善プロジェクトの事例を挙げ、この成功事例が、優秀な就職活動生を惹きつけるという人的リターンを企業にもたらしたファクトによって、目に見えない価値を企業成長に直結させた好例として示した(第10回の記事を参照)。

そして、「問い3」である「リジェネラティブな取り組みに必要なお金の流れ」についての議論を展開。参加者からは、初期の高いリスクに対して「国の補助金や寄付などを呼び水にして民間の投資ハードルを下げること」や、一社だけで負担を抱え込まず「関わる多様なプレイヤー全員でコストや価値を分かち合う仕組み」、さらには「ビルの中や特定の地域といった顔の見える小さな範囲で、小さくお金の循環を回し始めること」など、現場のリアリティに基づいた等身大のアイデアが寄せられた。大谷氏も、公的資金と民間投資を組み合わせる手法「ブレンデッドファイナンス」などに言及しつつ、こうした手触り感のある小さな経済循環から始めるアプローチに強く共感を示した。

これらの議論を受け、「リジェネラティブな事業をビジネスとして成立させるために必要な制度とプレイヤー、そしてリジェネラティブシティとは何か?」を問われた大谷氏は、次のように総括する。

「何か特定の制度やプレイヤーだけで一足飛びに解決策を見出すのは難しいと感じています。制度面に関しては、有価証券報告書への非財務情報の開示に代表されるように、社会全体が『財務指標だけでなく、社会的価値などの別の指標も評価しよう』と軽いプレッシャーをかけるような流れを継続していくことが重要です。

 

そしてプレイヤー面においては、何より『リジェネラティブに取り組むことで、新しい価値が生まれる』ということを一人ひとりが認識すること。今日のこの場に集まっているような熱量を持った人たちが各組織で増え、社会のあちこちで『こういうビジネスは良いよね、ぜひやろう』という空気を作っていくことこそが、最も確実な一歩になるのではないでしょうか。

 

そして、リジェネラティブな都市とは何か。自然が我々を守り、誰もが安心できて安全で、そして新しい価値を生んでいく世界がきっとある。そんなリジェネラティブな世界を目指していきたいです」(大谷氏)

 

 

(文・須賀原みち/写真・尾藤能暢)

プロフィール
大谷 智一
Tomokazu Ohtani
株式会社みずほフィナンシャルグループ
サステナブルビジネス部 サステナビリティ・チーフストラテジスト

農林水産業や再生可能エネルギー分野での事業開発を皮切りに、サステナブルファイナンスのプロダクト開発を主導。2024年より、みずほフィナンシャルグループ・サステナビリティチーフストラテジストとして、グループ横断のサステナビリティ戦略(自然資本・ブルービジネス、サーキュラーエコノミー)を主導している。京都大学ネイチャーポジティブスクール講師など対外活動にも取り組み、金融×自然資本×企業経営の統合をテーマに活動中。