
「Egosystem(自分本位)」から「Ecosystem(生態系)」へ——食とコミュニティを通じて再生的な未来を築くリジェネラティブ・リーダーシップとは
地球の限界が次々と突破されている今、私たちに必要なのは「サステナブル(持続可能性)」を超えた「リジェネレーション(既存のシステムを生かした再生・改善)」の思想だ——。
10年以上にわたり、イタリアで食のエコシステムを通じて変革を牽引してきたサラ・ロヴェルシ氏は、そう語る。2014年、彼女はフューチャー・フード・インスティテュートを設立した。地中海の中心に位置し、ユネスコの「エンブレマティック・コミュニティ」(地中海食の生きた継承地として、UNESCOが認定した地域)に認定されるポリカの「パイデイア・キャンパス」(Future Food Instituteがイタリア・ポリカに設立したリビング・ラボ拠点)を起点に、この小さな町を統合的な生態系再生のためのリビングラボへと変えた。そこは、地中海食にインスパイアされた教育、外交、イノベーションが交差する、グローバルなハブである。
今、日本で育てようとしているのは「リジェネレーション」を軸にした新しいリーダーシップだ。東京建物との7年にわたる協働から生まれたRegenerAction Japan 2025の基調講演で、ロヴェルシ氏は「食」を結節点とした再生の道筋を示した。
2015年、国連で持続可能な開発目標(SDGs)が採択されました。
[編集部注: 環境省によると、SDGsにおける17のゴールのうち、少なくとも13つが直接的に環境に関連するとされています]
「このままでは地球環境は悪化する一方だ。時間がない。変わらなければならない」——世界はそんな危機感のもとに動き始めたはずでした。しかし、それから10年。状況は良くなるどころか、悪化の一途を辿っています。
2025年9月に開催された、ニューヨークのClimate Weekで、スウェーデンの環境学者、ヨハン・ロックストローム教授が「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」の最新マップを発表しました。これは、地球が安定した状態を保つために守るべき9つの環境限界を示したものです。気候変動、生物多様性の損失、海洋酸性化、土地利用の変化など、これらの境界を越えると、地球システムは急激に変化し、人類の生存基盤そのものが脅かされます。

衝撃的だったのは、2025年、私たちは7つ目の境界——海洋の健全性——を越えたという事実です。年を追うごとに、限界を超える領域は増え続けています。この状況は悪夢のようです。しかし、そんな中でも私が希望を持てる理由があります。それは、世界のリーダーたちが明確な方向転換を始めているという事実です。
2025年のダボス会議(世界経済フォーラム)では、大企業のトップたちが口を揃えて、従来型の「成長と開発」モデルからの脱却を語りました。そこで繰り返し語られたキーワードこそが、「リジェネレーション(既存のシステムを生かした再生・改善)」です。
-リジェネラティブ・ファイナンス(環境や社会を再生させる金融)
-リジェネラティブ・ヘルス(人間の治癒力を高める医療)
-リジェネラティブ・ファーミング(土壌を豊かにする農業)
これまでのサステナブル=現状維持を目指す考え方を超えて、リジェネレーション=積極的に環境と社会を回復させるという新しい概念が、ビジネスの最前線に立つリーダーたちの共通言語になりつつあります。
興味深いのは、一部の政治家が「気候変動は存在しない」と主張する一方で、実際に食料を生産する現場の人々は、気候変動の影響を日々肌で感じているということです。異常気象による収穫量の変動、栽培適地の変化、病害虫の発生パターンの変化。現場は待ったなしです。
テクノロジーは確かに解決策を提供し始めています。しかし、技術革新だけでは不十分です。私たちのものの見方や考え方そのものを根本から変えなければ、本当の変化は起こせません。
その答えが「リジェネレーション」ではないか、と私たちは考えています。従来の開発は、資源を一方的に搾取し、環境を破壊してきました。これからは、「再生させること」をビジネスの中心に据える必要があります。
私たちFuture Food Instituteは2014年、イタリアで誕生しました。当初は「人間中心のイノベーション」、つまり顧客のニーズを満たし、利益を生み出すことに焦点を当てていました。しかしこの10年で、私たちの視点は大きく進化しました。
利益を生むだけでは不十分。環境と人間の健康を統合的に考え、一部の人だけでなくすべての人に恩恵をもたらす「包摂的な繁栄」を創造する必要がある。そして、責任とリスクを一社や一個人に集中させるのではなく、エコシステム全体で分かち合う——「Egosystem(自分本位)」から「Ecosystem(生態系)」へ——そんな新しい経済のあり方を追求し始めたのです。
なぜ、私たちは「食」を中心に据えたのか? それは、食が人間の営みのすべてをつなぐ「結節点」だからです。
食は単なる栄養源ではありません。食は文化であり、アイデンティティです。食は人と人をつなぐコミュニケーションツールであり、ケアの手段です。「医食同源」という言葉が示すように、食は私たちの健康そのものです。そして、食をどのように生産するか——農業や漁業のあり方——は、環境への影響を直接左右します。つまり、食について考えることは、環境、健康、文化、経済、コミュニティのすべてについて考えることなのです。

私は意思決定をする際、常に6つの領域のバランスを確認するようにしています。
・ミッション ——この決断は、私たちが目指す使命に沿っているか?
・ビジョン ——長期的な社会像から見て、正しい方向か?
・環境 ——自然から取ったものを、きちんと還元しているか?
・健康 ——関わる人々の心身の健康は守られているか?
・関係性と文化 ——人と人のつながりは育まれ、文化は継承されているか?
・経済 ——持続的に繁栄できる仕組みになっているか?
これら6つがバランスを保ってこそ、真の「再生」が実現します。この考え方を、国連のSDGs、企業の評価基準であるESGと結びつけながら、理論を実践に落とし込んでいく——それが私たちの取り組みです。
しかし、理論だけでは、人は動きません。「実際にできる」ことを示す場が必要です。南イタリアの小さな町、ポリカは、私たちにとって最も重要な実験場のひとつです。
地中海に面したこの地域は、数千年にわたる文化と歴史を持ち、古代ギリシャの哲学者たちが説いた「人間と自然のバランスの中で生きる」という思想が、今も暮らしの中に息づいています。
ポリカは40年以上連続で「ブルーフラッグ」——ヨーロッパで最も厳しい基準をクリアした、美しく清潔な海岸に授与される認証——を獲得し続けています。私たちはここで、環境の健康と人間の健康の相互関係を科学的に証明するプロジェクトに取り組んできました。
きれいな水、きれいな海、そこで育つ健康な魚。それらを日常的に食べる人々の長寿と健康。データは明確な相関関係を示しています。環境を守ることは、そのまま人間の健康を守ることなのです。
この地域はユネスコのエンブレマティック・コミュニティに認定されており、その文化的価値が国際的に認められています。そして今、この「歴史ある再生モデル」が、新しい形で地域を活性化させています。
かつて放棄されていた農地が再生され、若者たちの雇用の場になっています。伝統的な農法と最新の科学が融合し、持続可能な農業が実現しています。地域固有の食文化が観光資源となり、世界中から人々が訪れます。小規模な生産者たちが連携し、新しい市場を開拓しています。
これは、哲学から始まり、日々の生活実践を経て、地域全体のエコシステムへと広がった「再生モデル」の具体例です。規模は小さくても、ここには未来の青写真があります。

地球の資源を使い果たす速度、環境の限界を次々と越えていく速度を見れば、変化を加速させる緊急性は明らかです。しかし、変革の出発点は、法律でも制度でもありません。私たち一人ひとりの内面、意識の変化です。
ビジネスパーソンには、四半期ごとの業績評価があります。KPI(重要業績評価指標)があり、上司が設定した目標を達成することが求められます。目標達成、クリア、次の四半期へ——それがこれまでのゲームでした。しかし今、私たちが直面しているのは、まったく異なる次元の挑戦です。人類の生存そのものがかかった、はるかに大きなゲームなのです。
リーダーであること、特にビジネスリーダーであることの意味が、根本から変わりつつあります。四半期の利益だけでなく、10年後、50年後の地球環境を視野に入れること。株主だけでなく、従業員、地域社会、そして未来世代に対する責任を自覚すること。そして、リードの仕方そのものを変えることが求められています。
具体的には何を変えるのか?
まず、「新しい経済の原則」をビジネスに埋め込むこと。利益追求と環境再生を対立させるのではなく、両立させるビジネスモデルを設計することです。
次に、政策レベルでも変革が必要です。環境を本当にケアする制度設計、規制、インセンティブを整えること。
そして、発想の転換。「大都市を開発し、経済成長を追求する」という20世紀型の思考から、「地域の生態系全体の健康を考える」という生物地域的(バイオリージョナル)な視点へのシフトです。
これは単なる理想論ではありません。エコシステムの長寿と健康こそが、長期的な経済的繁栄の基盤だという認識が、世界のリーダーたちの間で急速に広がっているのです。
この考え方を、日本で実践に移してきたパートナーが東京建物です。
2017年、東京建物のチームが、イタリア・ボローニャにある私たちのラボを訪れました。そして言ったのです。「この旅に乗り出したい。東京にもLiving Lab(実験と実践の場)を開きたい」と。それが始まりでした。
2020年、世界がパンデミックに見舞われる中、私たちは「Foodscapes(フードスケープ)」という新しい概念をデザインしました。都市における食の役割を見直し、食料生産を都市に持ち込み、緑を都市に取り戻す——そんなビジョンを共に描きました。
対話を重ねる中で、東京建物から新たな声が上がりました。「私たちだけでは足りない。もっと多くのリーダーを巻き込み、エンパワーしたい」
それに応える形で、私たちは「RegenerActors(リジェネアクター)」を育成するプログラムを立ち上げました。再生の原則を思想にとどめず、実践へと運ぶ人材を生み出すための試みです。この先駆的な取り組みは、SKS Japanとともに始動した「Future Food Circle」をはじめ、リジェネレーションと統合的エコロジーに焦点を当てたリーダーシップ・トレーニングの連なりを生み出しています。東京建物のチームはイタリアに飛び、日本向けの体験型プログラム『RegenerAction スタディツアー』に参加し、学びを深めました。そして決断しました。
「RegenerActionを日本に広げよう」

それ以来、私たちはトークセッション、リーダー向けトレーニング、スタディツアーを重ねてきました。参加者は企業経営者、自治体職員、農業生産者、飲食店経営者、学生——多様なバックグラウンドを持つ人々が、「食」を通じて再生について学び、対話し、実践を始めています。
そして今、RegenerAction Japanという形で、この運動は確実に日本に根を張り始めています。
私が特に感謝しているのは、東京建物の小澤克人社長をはじめ、和泉晃副社長、そしてプロジェクトを推進する沢俊和さんのリーダーシップです。彼らは本を読み、海外に学び、試行錯誤を重ね、本気で「変える」ことにコミットしています。四半期の数字を超えた視点で、未来への投資を続けています。このようなリーダーこそが、今の時代に必要なのです。
先日、ニューヨークのClimate Weekで、私たちは東京建物、Naked Innovations(食・農業分野のコンサルティング企業/スペイン)、FAO(国連食糧農業機関)、そして多くのパートナーと共に「リジェネラティブ・シティ・マニフェスト」を発表しました。
これは、都市を「消費と開発の場」から「再生と共生の場」へと転換するための宣言です。
会場に集まった世界中のリーダーたち、ジャーナリストたちが、このビジョンに深く共感してくれました。東京から始まった小さな種が、国際的なムーブメントへと育ちつつあることを実感した瞬間でした。
RegenerActionコミュニティが何年も前から大切にしてきた言葉があります。
Imagine, Believe, Act——想像し、信じ、行動する

まず、より良い未来を想像すること。次に、それが実現できると信じること。そして、行動に移すこと。この三つのステップが、変化を生み出します。
今回のRegenerAction 2025で紹介されたスタートアップや地域プロジェクトは、その証明です。食品ロスを資源に変える技術、土壌を再生する農法、地域の食文化を守りながら新しい価値を生む事業——それぞれが小さくても、「別のやり方」が可能であることを示しています。
変化は簡単ではありません。特に、組織の中で新しいアプローチを導入することには、抵抗や困難が伴います。しかし、あなたひとりから始めることができます。
あなたの会社で、チームで、地域で、家族で、食べるものを少し意識する。地元の生産者を知る。食品ロスを減らす。誰かと食卓を囲む時間を大切にする。そんな小さな一歩から、再生は始まります。
私たちは今、大きな岐路に立っています。マインドセットを変え、ビジネスと生活へのアプローチをシフトする時です。組織や企業の経営の中に、どのように再生の原則を埋め込むか。地域をどのように見直し、未来の都市をどのように構想するか。エコシステム全体の中で、食がどのような役割を果たすか。そして、GDP(国内総生産)だけに依存しない、新しい豊かさの指標をどう設計するか——。
これらの問いに、正解はまだありません。しかし、世界中で、日本で、実験が始まっています。この旅は、それ自体が「再生的」です。試行錯誤を重ね、学び合い、進化しながら、毎日少しずつ成長しています。東京建物と共に築いてきたこの旅を、より多くの人々と共有し、広げていくこと。それが、私たちの次のステップです。
より良い未来は、想像することから始まります。そして今、その想像を、食を通じて、コミュニティと共に、現実にする時が来ています。
