
育てた野菜が、社食に並ぶ日——「おいしい」体験が都市と農業をつなぎ直す【Inspiration Talk 第12回 後編】
前編では、株式会社BG代表・富松俊彦氏が開発した『ネクストグリーンメソッド』と、そこで設計された3つのアプローチ——有機発酵資材『Soil Next』、土壌価値の可視化技術『Agri LCA+』、農業由来のカーボンクレジット『Next Green Credit』——の詳細を追った。
後編では、こうして育まれた野菜が都市の日常へと届く舞台として東京・八重洲の新ビル内職域食堂への導入事例を紹介する。さらに、参加者を巻き込んだ対話セッションでは、「おいしくない野菜をあえて食べてみては」という大胆な提案も飛び出し、「おいしさ」をめぐる議論は思わぬ広がりを見せていく。
多様性の高い土作りのもとで育った農産物は、BGが展開するブランド『ネクストグリーンベジタブル』として世に送り出されている。微生物の力で土を発酵・熟成させる畑作りによって育てられた「土からおいしい野菜」は風味の濃さ、味の複雑性、えぐみのなさが特徴で、窒素分が適切に抑えられているため、冷蔵庫で2週間保存しても驚くほど長持ちするという。すでに東急ストアや信濃屋といった身近なスーパーの棚に並び始めている。

そして、この日常の選択をさらに加速させる次なる舞台として選ばれたのが、東京建物が手がけて今秋にオープンを控える超高層複合ビル「TOFROM YAESU TOWER」の共用フロア「Wab.」内の職域食堂だ。


本企画を統括する東京建物の沢俊和氏は、「こうした野菜をTOFROM YAESUの食堂で使うことは、日常の食事を通じて、食の背景や生産者の取り組みに自然と目を向けるきっかけになると考えています。BG様の取り組みも、リジェネラティブなまちづくりも、一人ひとりの小さな選択や行動の変化につながってこそ、社会に広がっていくものだと思います。ワーカーの健康やウェルビーイングに資するだけでなく、入居企業にとっても、社会に前向きな価値を生み出す取り組みに日常的に参加できる点に意義を感じています」と話す。
食堂には農家の方々にもお越しいただき、ワーカーに対して野菜づくりへのこだわりやおすすめの食べ方を直接紹介していただくほか、ワーカーが実際の生産地を訪れるツアーも計画するなど、食を通じた重層的な体験の展開を目指している。

「私自身、多忙な日々の中で畑に行って土の上に立ち、農家さんと汗を流すことでメンタルが非常に救われてきました。同時にこの社食では、単に『生産者の顔が見える』だけでなく、『食べる人の顔を作り手に返す』という逆の矢印を大切にしたいと考えています。気候変動の中で苦労して作った野菜が、誰にどう美味しく食べられているのか、感謝を直接伝えられる場所を”日常”の社食の中に作ることで、新しいウェルビーイングや食体験が生まれていくことを期待しています」(富松氏)
インプットトークに続く質疑応答では、参加者から数多くの手が上がった。
「『Agri LCA+』のコストはどうクリアしているのか」という問いに、富松氏は農家の「栽培履歴」を起点にすることで分析コストを抑え、堆肥作りもBGが一手に引き受けて農家の負担を軽減していると説明。また「『Next Green Credit』は誰が購入しているのか」という質問には、思想に共感する化粧品や食品関連企業が、単なる炭素相殺ではなくブランディングの一環として購入している実例を紹介した。「今後は畜産分野とも連携し、縦割りだった各産業を“資源循環”というパイプで繋ぎ直していきたい」と富松氏は言う。
こうした実装の話を踏まえ、イベントはディスカッションへと移っていく。共に考えるべきテーマとして挙げられたのは、「そもそもおいしいとは?」「野菜や土壌の価値がどのようにおいしいにつながるのか?」という2つだ。
まず『そもそもおいしいとは?』という根源的な問いに、参加者全員で向き合った。
口火を切った東京建物まちづくり推進部の建道佳一郎氏は、「先日、船釣りに行き、釣果は小さなタチウオ1匹でした。でも、自分でエラを取り、さばいて食べた刺身や煮付けはプライスレスに美味しかった」というエピソードを披露。ゴールデンウィークに家族で山形を旅したという参加者も「旅先という体験、そして現地の新鮮な蕎麦粉という『ご当地感』が美味しさを何倍にも膨らませてくれました。”手間と関与”が合わさったときに美味しさは跳ね上がると思う」と共感を示した。

また、オーガニックにこだわるシェフの店を訪れた参加者は、「シェフから素材の背景にある土のストーリーを聞いたことで、食べた時の味への集中力が変わり、向き合い方が変わった」と言う。ほかにも「自分の想像を超えた味、味の固定概念を壊されたときに感動する」「旬が大事」といった声が上がり、本物に出会う姿勢を自ら見つけにいく重要性が再認識された。
続いて、「野菜や土壌の価値がどのようにおいしいにつながるか」の議論へ。富松氏が「単に農家さんの背景をディスプレイで表示するといった、ありがちな情報提供を超えた面白い仕掛けが必要です」と投げかけると、さまざまな意見が次々と飛び出した。

うずら農家を営む参加者からは「『おいしくない野菜を食べてみる』のはどうでしょう。多くの人は食材に対してどれでもほぼ同じと思いがちで、良し悪しの違いを見分ける解像度が低いです。だからこそ、あえて社食で”プロがこだわった野菜”と”素人が手探りで作った美味しくない野菜”を食べ比べてみる。そこで初めてプロの凄さや、安価で良質な食材のありがたみを感じられるのでは」と提案。斬新なアイデアに、会場内からも感嘆の声が上がった。
ある料理人の参加者は、自らのエピソードを共有。「職場で仕入れている藻の調味料が、実は天然魚の乱獲という漁業課題を解決するプロジェクトに繋がっているという背景を顧客に説明したところ、その調味料を使った料理の購買率が上がった」という。このように議論をすることで、農家や作り手と食べる側、双方向の矢印の必要性が改めて感じられた。

一方で、日常の実態に即したリアルな視点も提示される。「特別な日の贅沢と違って、日々の社食は金額や手軽さが最優先になりがち」という本音の意見も。環境配慮型の野菜を幅広い層に浸透させるには、意識せず「単純に安くて美味しいからこれを選んでいた」というレベルにまで落とし込むことが、結果的に一番大切なのではないかという指摘だ。この発言にも、富松氏が応えていく。
「リジェネラティブという言葉は『自然そのものの再生』という意味合いで語られがちですが、僕たちが真に目指しているのは『人間と自然との関係性の再生』です。今の都市生活において完全に断絶してしまっているその繋がりを、もう一度結び直すこと。関係が生まれるからこそ、都市が地方から一方的にもらうだけでなく、双方向に向き合い、作用し合うことができる。関係性からしか生まれてこない循環をもう一度再生していくことがリジェネラティブなのだと思います」(富松氏)
こうしてディスカッションは幕を閉じた。イベントを締めくくるネットワーキングでは『ネクストグリーンベジタブル』の試食プレートが、「海とケチャップ 八重洲スタンド」で提供される未利用魚をアップサイクルした特製ソーセージと共に並んだ。千葉県産の人参、北海道産の長芋、長野県産の春菊がいずれも生の状態で、一般的な市販野菜との食べ比べという趣向だ。

実際に食べてみると、人参は味付けなしの生の状態にもかかわらず、ぎゅっと濃い甘みが口の中に広がる。長芋はシャキシャキと切れのある、臭みのないみずみずしさが際立ち、春菊は特有の苦味やえぐみがほとんど感じられず、サラダ感覚でそのまま食べられた。「セロリを彷彿とさせる爽やかな風味が鼻に抜けて、いくらでも食べられそう」という声も上がり、「“おいしい”で選ぶと、農業が変わる」というテーマが、参加者の舌の上で実感へと変わった夜となった。


(文・須賀原みち/写真・後藤秀二)

農業のもつ教育的な側面を価値化し、保育園の子どもたちに食育を目的とした給食食材のお届けサービスを展開する株式会社ベジリンクの創業者として、さまざまな農家とのつながりのなかで、土壌に秘められた可能性に心を奪われ、農業の持続可能性を高めるためにBGを創業。「BLACK TO GREEN|今までにない視点で農業のまだ見ぬ価値を発見し、社会に共有し続ける」をミッションに掲げる。