【鈴木隆一氏2/2】Basque Culinary Center現地体験レポート:BCCからの学びとOISSYが進める食の未来

先鋭的な食の学術期間として知られるスペイン・サンセバスチャンの「Basque Culinary Center(BCC)」が、起業家支援を目的としたFoodtech Startupグローバルピッチコンテストを2024年4月に開催した。

昨年に引き続き、Tokyo Food Institute(TFI)と Future Food Institute(FFI)の協働により開催された「Culinary Action On the road by BCC 2023」でBCC賞を獲得した株式会社OISSYはグローバルピッチコンテストへの出場権を獲得し、優勝を果たした。

そこで今回はBCCを訪れた代表取締役の鈴木隆一氏から見たBCCの独自性や、今大会に参加した意義などを語ってもらった。

スタートアップの技術や可能性を純粋に評価したピッチコンテスト

OISSYでは、苦味、塩味、旨味、甘味、酸味を5つのセンサーで検知し、ニューロンネットワーク分析で味覚を数値価。そのデータを元に、商品の優位性や、料理との相性の良さを可視化し、味の開発やマーケティングプロモーションなどを行なっている。

「今回ピッチに参加したのは、成り行きだったんです。元々、イベントで登壇をする予定だったのですが、『ピッチにも出ませんか?』と声をかけていただいて。普段はあまりこのような大会には参加しないのですが、私としても海外の事業に興味があったので、BCCが主宰するピッチなら出てみようと思ったんです」

「Culinary Action On the road by BCC」は現在、日本を含めた世界5カ国で予選が行われ、それぞれの優勝者がグローバルピッチコンテストへと駒を進める。2024年の日本大会には5社が参加したが、「正直、勝てるとは思っていなかった」と、鈴木氏は話す。

「最近のピッチコンテストは、外部から資金調達を受けていたり、セールとして進んでいたり、スタッフが多い会社が高く評価される傾向にあると感じています。審査員にベンチャーキャピタルが名を連ねていたり、会社に高いバリュエーションをつけて調達したいという意図を感じるときもあります。一方、OISSYは私の持ち株が100%の会社です。フェーズとしてみた場合、他社よりも遅れて見えるため、勝てると思っていませんでしたが、BCC賞を受賞したことで、『Culinary Action On the road by BCC』は、純粋に技術やポテンシャルで評価してくれるのだと、非常に意義を感じました。どうしてもスタートアップというと、資金調達をしている方がすごいと思われがちです。もちろんそれはひとつの価値ではあるのですが、そこに優劣があるわけではないので、独自資本で事業をされていたり、小規模でも高い技術を持っているような人こそ参加してほしい大会です」

美食と科学が融合したBCCの独自性

BCCでは調理技術だけでなく、テクノロジーやオープンイノベーション、サイエンスなど、食の世界を360度の視点から学ぶことができる学術機関として、世界中から注目を集めている。では実際にどのようなカリキュラムが行われているのか。

「例えば、40~50人ぐらいの生徒一人ひとりに、周りが見えないように仕切られ、テイスティング時に口をすすげるように水道が設置された机が割り当てられている官能評価室などがあり、設備の充実ぶりには目を見張りました」

また、調理実習では生徒たちがパソコンを持ち込み、調理中にデータを入力するなど、日本の調理学校とは違う科学的なアプローチが多く見られたという。

「日本で料理を学ぶときは、調理と科学は分離されがちです。例えば、料理や味は温度に依存性があるのですが、日本だと感覚的な話になりやすい。ところがBCCでは科学的に何度以上だとこの反応が起こるなど、科学的なアプローチ取り入れられていましたし、そのために必要な設備も驚くほど整備されていました。とはいえ、ただ大学にこもって研究をするのではなく、レストランや農家など、食にまつわるさまざまな現場に足を運び、体験することを大切にしている点も印象的でした」

現地では参加者向けにOISSYを説明する場も設けられた

BCCとの共同研究を視野に新たな味の追求を目指す

今回、グローバルピッチコンテストで優勝したOISSY社には、BCCとのメンタリングセッション40時間分のバウチャーが授与された。このセッションは、受賞社が事業展開や開発技術などに必要とするBCCの知見や技術サポートを自由に活用することができる。

昨年、日本大会で優勝したグリーンエースは、このバウチャーをR&Dに活用。自社の商品をBCCに送り、さまざまな分析などを行なっている。一方、OISSY社は、BCCとの共同研究にバウチャーを活用したいという。

「食の分野、特に料理においての論文がまだ足りていないと思っているので、共同研究を行えればと考えています。現在OISSYは台湾の大学との連携などもしているので、国籍別の味覚の研究もひとつだと思います」

また、おいしさと健康についての研究も進めていきたいという。

「例えば、病院食など(塩味の少ない)健康に良い食事はおいしくないと思われていますが、どうすれば健康的な食事をおいしいと感じてもらえるのか。

一方で、塩分過多は病気の要因となりますが、塩味の強い食事が多いスペインや日本も平均寿命が長いとされています。私は健康寿命をどうしたら長くできるかに興味がありますから、味の組み合わせや、「おいしい」と感じること自体が健康につながるのか、などの研究に関していろいろアドバイスをしてもらえるような体制を組んでいきたいと思っています。こういうバウチャーの使い方は、BCCも想定していないかもしれませんが、フレキシブルに合わせてもらえるというのも、このピッチコンテストの良さだと思っています」

思いがけず参加することになったピッチコンテストだが、参加した意義は十分にあったと鈴木氏は語る。

「先ほども話しましたが、企業のポテンシャルをきちんと見てくれるというのは、貴重な経験になりますし、仮に途中で負けたとしても、得るものが多いと思います。私自身、今回、BCCを訪れたことで、もっと科学的に料理を考えなければという意識になりました。また、今回、日本とグローバルとのピッチコンテストに出ましたが、世界大会では各社で競っている雰囲気があったので、勝てるかもしれないと思いましたが、日本大会は正直勝てるとは思えないぐらい、レベルの高い企業が参加されていました。今回のピッチでも感じたことですが、日本人は味覚が鋭いですから、グローバル市場において、まだまだ大きなアドバンテージがあるのではないと私は思っています。今後、さまざまな企業が参加して、日本大会の難易度が上がっていけば、さらに価値のある大会になるのではと楽しみにしています」

鈴木 隆一

Ryuichi SUZUKI

OISSY株式会社・代表取締役社長。慶應義塾大学院理工学研究科修士課程修了。在学中よりシステム開発の受託などを行いながら慶應義塾大学SFC研究所研究員も兼務。慶應義塾大学共同研究員・特任講師を歴任。AI搭載「味覚センサーレオ」を開発して、OISSY株式会社を設立。著書に「日本人の味覚は世界一」「味覚力を鍛えれば病気にならない」など。「世界一受けたい授業」「ガイアの夜明け」などにも出演。味覚の受託分析や食べ物の相性研究を実施している。

<文 / 林田順子>

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