
東京駅前に「自然」はあるか? 老舗とワーカーが語り合って生まれたクラフトビールの役割【YNK Community Beer Project 第2弾|ワークショップ編】
2025年、東京駅の東側に広がる八重洲・日本橋・京橋エリア——頭文字をとってYNK(インク)と呼ばれる——で、同エリアの魅力を込めたクラフトビール「First Step」が生まれた。日本の森に自生するスパイス「アオモジ」を副原料に、街に関わる人々が議論を重ねて完成させた一杯だ。掲げたビジョンは「Outside the box(枠から外へ)」。街の店の賑わいや香りが暖簾の外へ溢れ出し、人々が“オフィスワーカー”や“老舗の主人”といったいつもの役割や通勤ルートから一歩踏み出す——そんなきっかけをつくりたいという思いのもと、多様な立場の人たちがビールづくりに取り組んだ。
そして2026年、第1弾に参加した人々が自ら同僚や取引先を連れて再び集まった。第2弾のテーマは「自然」。コンクリートに囲まれた都心と、遠く離れた産地の森。このふたつの場所は、ビールを介してどうつながりうるのか。全2回のワークショップを経て「BACK 2 FOREST」というコンセプトが生まれるまでを、本稿(ワークショップ編)で追う。
※「First Step」「BACK 2 FOREST」は発泡酒であり、ビールではありません。
YNK Community Beer Projectは、YNKエリアに関わる人々が企画の段階から参加し、自分たちの街のクラフトビールをつくるプロジェクトだ。このエリアを舞台にした「Regenerative City Tokyo」構想の取り組みの一つとして、2025年に始まった。Regenerative City Tokyo構想が目指すのは、環境への負荷を減らすだけでなく、自然や人のつながり、文化といった街の豊かさそのものを再生していく「リジェネラティブ(再生型)」な都市のあり方だ。
YNK Community Beer Projectでは、社会システムそのものをデザインする「トランジションデザイン」の手法(2025年のワークショップの様子はこちら)と、クラフトビールづくりを掛け合わせ、街のコミュニティに変化を生み出そうとしている。ワインほど知識を求められず、肩肘張らずに楽しめる——そんな包容力こそが、街の人々をつなぐメディアとしてクラフトビールが選ばれた理由だった。
このプロジェクトを最初から設計してきたシステミックデザイナー(編集部註:社会全体の仕組みを見渡し、その変化を設計する専門家)の松村大貴氏(Butterfly Lab代表)は、「First Step」が完成した後のことを、こう振り返っている。
「2025年の第1弾で、出来上がったビールが最高においしくて。それを通じて、ビールを飲むとついついみんな笑顔になる。力が抜けた状態で、この街のこと、このプロジェクトのこと、このプロジェクトに関わってくれた人たちの話が対話として生まれていく——それを実際に目にすることができました」(松村氏)
その笑顔と対話は、人から人へと広がっていった。第1弾の参加者が、同僚や取引先を連れて「またやろうよ」と声をかけてくれたのだ。自分たちが働き、日常を過ごす場所への関心が伝播していく——プロジェクトが最初に目指していた変化が、第2弾を生んだ。だからこそ、2026年の問いは一段深いところへ向かう。この街と、この街の外にある自然との関係——都心で「自然」を語ることは、そもそも可能なのか。
2026年の第1回ワークショップは3月27日、桜の季節に開かれた。

集まったのは、老舗飲食店の関係者、オフィスワーカー、都市開発事業者など多様な立場の人々が20名ほど集まった。「食と自然」「仕事と自然」「街・建物と自然」「遊び・文化と自然」——4つの視点で付箋に気づきを書き出していくと、同じ街を共有していながら、その見え方がまるで違うことが浮き彫りになる。


「駅前に緑が増えた気がする」と書くワーカーがいれば、「ビルの中の小学校が、実は江戸から続く歴史を持っている」と書く老舗の主人がいる。「日本橋のたもとで京橋大根を育てている人がいる」という話が共有されると、知らなかったと驚く人がいる。毎朝電車で乗り込んでくる人と、代々この街で商いを続けてきた人とでは、見えているものが別の街のようだ。その良い意味でのズレが、視点を広げていく。一方で、参加者のあいだに共通する気づきも浮かび上がってきた。松村氏はこう振り返る。
「東京駅前、都心にあるYNKエリアは、一見、自然とは縁遠い街に見えます。でも歩いてみると、道路の一角に咲く一本の桜で人々の足が止まっていたり、飲食店では旬の食材で季節を届けていたりと、江戸から続く『季節を愛でる文化』が守られていることに気がつきました。日常的には自然を感じにくい街だからこそ、季節を感じやすくするための工夫をしている——それがこの街の面白さを作っているのではないかと感じたのです」(松村氏)

会の後半には、日本草木研究所を運営する株式会社山伏の代表・古谷知華氏が登壇した。同社は、全国の里山に自生する植物を食材として発掘し、その可能性を広げている。掲げるのは「一社一草木構想」。林業と接点のない企業も森の植物を食の資源として活用することで、日本の森をともに育てていこうという構想だ。
この日、会場に持ち込まれたのは、広島県産ジュニパーベリー、北海道産アカエゾマツ新芽、岐阜県産クロモジ、北海道・十勝産花よもぎ、沖縄県産月桃、キハダなど7種のスパイス。ひとつひとつを手渡しながら、古谷氏はその植物が育った森の物語を語っていく。松食い虫の被害で枯れた松林に根を張る植物、300年かけて建材になる木。スパイスの香りの向こうには、それぞれの森が抱える課題と、そこで暮らす人たちの姿がある。

ウォッカに漬け込んだ抽出液が配られると、参加者は香りを確かめながら思わず声を上げた。クロモジは「仏壇みたいな香り」「日本橋の街の重厚感に合う」、キハダは「醤油っぽい」。なかでも花よもぎには、よもぎ特有の青くさいイメージとは全く異なるフローラルな香りに驚く声が多かった。



第2弾のビールは、夏に楽しむ一杯として構想されていた。
「前回のFirst Stepではアオモジを使いましたが、今回は夏がテーマということで、そういう観点で皆さんが選ぶスパイスも違いましたね。それぞれ気に入った植物も違っていました。またビールに入ると印象が変わるかと思います」(古谷氏)
参加者のひとりである、和食居酒屋、いけ増の三代目・喜多高廣氏は、この場を飲食店の目で見ていた。東京建物との地域活動を通じた縁でプロジェクトに加わった喜多氏にとって、ビールは「どんな哲学を込めるか」の前に「どんな味になるか」の問題だ。

「ビールというのは、使う水やホップ、モルトで味が全く変わるんです。例えば軟水か硬水かだけで全然違う。東京の水で醸造すればまた別の味になる。だからこそ、醸造家の感覚をもっと聞いてから議論を深めた方が、面白いアイデアが出るとも思います。料理に合わせるのか、ビール単体で楽しむのか——その辺りをじっくり話し合ってから作っていく方が、より良いものができる気がします」(喜多氏)
料理と日々向き合う人の視点が加わったことで、議論は「どんな思いを込めるか」だけでなく、「どんな場面で、何と一緒に飲まれるか」にも広がっていった。そしてワークショップを通じて、ひとつの方向性が見えてくる。YNKエリアの飲食店で、料理とともに楽しめる食中酒にすること——。この方針は、醸造の段階まで引き継がれていく。
第1回から2週間後、4月10日に第2回ワークショップが開かれた。それまでの気づきを整理していくなかで、松村氏はある逆説に辿り着いたという。
天然の森を持たない街は、自然とどう向き合ってきたのか。その答えを、松村氏は「人の手」に見出した。
「街の通りで見られる桜の木も、飲食店で提供される旬の食材も、江戸の園芸・草花を守る文化も、すべては人の手が介在した自然です。それを劣ったものと見る必要はなくて、随所に人の工夫があることこそが、この街らしい、立派な自然との向き合い方なんじゃないかというビジョンが生まれました」(松村氏)

人の手が入った自然を、負い目ではなく誇りにする——。この視点の転換が、今年のプロジェクトの背骨になった。
一方で松村氏は、このプロジェクトが抱える矛盾についても率直に語る。東京の都心は、各地の森や水、土壌がもたらす恵み——いわゆる「自然資本」(自然が生み出す価値を、社会を支える資本としてとらえた言葉)——を受け取る「最終消費地」でもある。街のなかに緑を増やす取り組みだけでは、応えきれないものがある。「リジェネラティブ」という言葉だけが先走り、中身が伴わないものになってはいけない——その思いが、プロジェクトの根底に流れている。
「都心の企業が森と経済的につながり、その森でとれたスパイスをまたこの街の料理やビールで味わうという循環が何年も続いた先に、この街が育てた食材と呼べるものが生まれていきます。最終消費地であるこの街が消費するだけでなく、生産や流通の過程で自然資本を再生していくバリューチェーンを作り直すことができれば、それこそがリジェネラティブシティのあり方の一つと言えるのではないか——そんな思いが、今回のコンセプトに置いた『YNKの森(仮)』という構想でした。都心において自然資本を再生するというのは、正直にいうと、矛盾にあふれた話だと思っています。その不都合な事実にちゃんと向き合うというスタンスでスタートしています」(松村氏)
こうした議論を経て生まれたのが、「BACK 2 FOREST」というコンセプトだ。松村氏が複数の案を出し、メンバーと議論を重ねながら絞り込んだ。人の手で自然を宿してきたこの街から、その恵みの源である遠くの森へ、もう一度意識を向け直す。都市と森が、一杯のビールを入り口にふたたびつながっていく——その願いが込められている。

しかし、コンセプトはまだ言葉でしかない。都市と森のつながりを一杯のビールとして届けるには、どんな植物を選び、どう醸造するかという、より具体的な工程が待っていた。醸造編では、ワークショップでの対話をもとに素材が絞り込まれ、東京・日本橋兜町の醸造所BALDY’S GOOD BEERが「BACK 2 FOREST」をかたちにしていった過程——そして販売開始に至るまでを追う。
(写真/尾藤能暢)

東京科学大学 研究員
1989年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。社会の構造を観察し、より良いあり方をデザインする「システミックデザイナー」を名乗る。行動変容とトランジションデザインを軸に、変わりたくても変われない課題へ向き合い、企業・自治体・アカデミアとの共同探求プロジェクトに取り組む。
2015年、ハルモニア株式会社を創業。起業家として10年を過ごしたのち、2025年に変容デザインラボ Butterfly Lab株式会社を設立。
著書に『行動変容』(英治出版)

日本草木研究所代表
2018年、調香やハーブ・スパイスに関する知識を活かしクラフトコーラの生みの親である「ともコーラ」を設立し、2021年からは日本の山に自生するハーブ&スパイスのプラットホーム「日本草木研究所」を立ち上げる。日本中の山で食材探しをするのが趣味。2015年東京大学工学部卒。Forbesカルチャープレナー30選、ForbesNEXT100選、ICCフード&ドリンクアワードグランプリ、ICCクラフテッドカタパルト準グランプリ等。

醸造所は、1階・2階に分かれた特殊な構造の醸造スペースを持つ都心型のマイクロブルワリー。シンプルで飲みやすいビアスタイルをベースに、多様なスタイルのビールを手がけている。東京駅から徒歩圏にタップルームを構え、ストリートカルチャーからビジネスパーソンまで、多様な人々が行き交う「カルチャーの交差点」を目指している。