2026.10.15

クロモジとホップは、実は似ていた? 森のスパイスで醸したサワーエール「BACK 2 FOREST」が誕生【YNK Community Beer Project 第2弾|醸造編】

ワークショップ編(リンク)では、「自然」をテーマにしたYNK Community Beer Project 第2弾の2回のワークショップと、「BACK 2 FOREST」というコンセプトが生まれるまでを追った。都心で自然の再生を掲げることの矛盾を直視しながら、人の手が入った自然を育んできたこの街の誇りを一杯のビールに込める——その思想が言葉になった後、プロジェクトはスパイスの選定と醸造という、より具体的な工程へと移っていった。

 

遠くの森で採られた植物は、どのように一杯のビールへと変わっていくのか。素材を届けた日本草木研究所の古谷知華氏、醸造を担ったBALDY’S GOOD BEERの于凱年(ユウ・カイネン)氏と古関 貴氏に話を聞き、素材選びから醸造、そして2026年7月末の完成までを追う。

 

※「First Step」「BACK 2 FOREST」は発泡酒であり、ビールではありません。

 

旬がある、森がある——和のスパイスが宿すもの

ワークショップでは、古谷氏が持ち込んだ7種のスパイスを参加者が一つずつ手に取り、香りを確かめながら語り合った。その輪には、老舗の料理人やオフィスワーカーに加え、醸造家たちの姿もあった。料理人の舌、醸造家の感覚、そして森の植物を知り尽くした古谷氏の知見。そうして交わされた声を持ち寄り最終的に副原料として絞り込んだのが、「花よもぎ」と「クロモジ」の2種だ。

 

クロモジは、岐阜県飛騨地方の森から届いた素材。広葉樹の天然林が多く残るこの地域では、林業を営む人々が、木材としてだけでなく食の資源としても森を活かそうと模索を始めている。クロモジは、その取り組みのなかで活用が広がってきた植物だという。

「クロモジは、森から採れるスパイスのなかでは、いま一番メジャーになりつつある素材です。香りが華やかで、えぐみもないので使いやすい。養命酒に入っているスパイスでもあります」(古谷氏)

「花よもぎは秋口の開花時期に採取したもので、通常のよもぎとは全く違ってラベンダーやローズマリーのような西洋ハーブに近い香りがします。旬がある植物でもあります。胡椒やシナモンと違って取れる時期が素材ごとに限られているので、日本の暦のなかでその時期の香りや味わいを楽しむことができます」(古谷氏)

なぜ日本のスパイスは、これほど豊かでありながら、広く活用されてこなかったのか。古谷氏は、和食の調理法——出汁で煮る、焼く、蒸す——が油を多用しないため、油と香りを結びつけるスパイスの使い方が馴染まなかったことを指摘する。胡椒やニンニクが和食に登場しにくいのと同じ構造だ。

 

 

「欧米化していく食文化のなかで、日本の『おばあちゃんの知恵』みたいなものはどんどん失われていったと思っています。地域によっては食べられていたものでも、全国的には誰も知らない状況になっているものがたくさんある。同じ植物が中国や台湾では昔から重宝されていて、定番料理にも使われているのに、日本では馴染みのないものも多い。身近な森にその資源があるのに、そこにある価値に気づかないままでいるのは、もったいないですよね。だからこそ杉やヒノキの建材だけじゃない、森に眠る豊かな資源に気づいてもらうことで、国土の7割を占める森が魅力的に感じられるようになる。ビールは間口が広い飲み物です。その味を通して、ここに入っているスパイスが日本の森から来ているということが少しでも伝わるといいなと思っています」(古谷氏)

 

さらに「日本中の山を歩いて食材を探すのが趣味」だと語る古谷氏は、森を「守るべき弱いもの」としてではなく、「まだ気づかれていない豊かさが眠る場所」として見ているという。

クロモジとホップをつなぐもの——兜町の醸造所で

こうしてスパイスが決まり、工程は醸造へと進んだ。第1弾「First Step」に続き、今回も醸造を担ったのは、東京・日本橋兜町のBALDY’S GOOD BEERだ。

「一杯のビールが人と人をつなぐ」をコンセプトに掲げるこの醸造所は、代表の于凱年(ユウ・カイネン)氏と醸造長の中田じゅんぺい氏が、海外生活のなかでクラフトビール文化に魅了されて開業した。

 

「東京建物さんから『コミュニティビールをつくりたい』というお話をいただいたとき、ぜひやらせてくださいとお願いしました。僕たちは常に『誰かと誰かのカルチャーの交差点になりたい』と思ってビールづくりをしていて、ストリートカルチャーも、会社員も、異なるカルチャーが混ざり合える場をつくりたいと考えてきました。それがこの醸造所の目指してきた姿です。友だちがふらっと来て、自転車好きの仲間も来て、その流れで、日本橋へ働きにきている会社員の方と仲良くなる——BALDY’S GOOD BEERでは、まさにいまそうした光景が生まれてきていますし、コミュニティビールというプロジェクトはその思想と重なります」(于氏)

「BACK 2 FOREST」の醸造レシピを手がけたのは、醸造担当の古関 貴氏だ。醸造長の中田氏がIPAなどクラシカルなスタイルを得意とするのに対し、古関氏は繊細な発酵管理が問われるセゾン系のスタイルに強い。ベースはセゾン(編集部註:ベルギーの農家で、夏の農作業の合間に飲むためにつくられてきたとされる、軽やかでドライなビアスタイル)の製法に、乳酸発酵と通常の酵母による発酵を組み合わせた「混合発酵」。酸味をつくる工程と、ドライに仕上げる工程を分けた二段構えの設計で、爽やかな酸味をもつ「サワーエール」に仕上げている。

醸造過程のなかで、スパイスのクロモジと花よもぎを加えたのは、麦汁を煮沸したあと温度を下げる「ワールプール」という工程だった。古関氏は、この投入タイミングに理由を持っていた。

 

「調べてみたら、クロモジには実はホップと同じような成分が含まれていることがわかったんです。その成分は、ホップと同じように煮沸後の熱が残っているタイミングで加えると、香りのオイル分がビールに溶け込みやすくなる。ならばクロモジも、このワールプール工程で使ったら面白くなるんじゃないかと思いました」(古関氏)

「クロモジは、少量でも非常にビターな印象になるスパイスです。実際にビールと掛け合わせてみると、ほんの少しの量だったのにここまで香りがつくんだと驚きました。改めて、スパイスの力強さを再認識しましたね」(古関氏)

 

さらに、アルコール度数とボディのバランスにも細心の注意が払われた。度数を下げれば液体のコクが失われ、香りだけが浮いてしまう。「BACK 2 FOREST」のアルコール度数4.5%という数字は、飲みやすさとビールとしての存在感を両立させた結果だ。

 

「僕たちは、食事が主役で、ビールはそれを引き立てる脇役でいいと考えています。ビールでお腹いっぱいになってほしくないし、食事の邪魔をしてほしくはない。それでも、楽しい場には絶対ビールがあってほしい——そんな思いを、今回も込めました」(于氏)

2025年の第1弾のワークショップでは、老舗の料理人から「この街にクラフトビールなんて要るのか」という問いが投げかけられたこともあった(第1弾の記事はこちら)。食事を引き立てる脇役に徹するという于氏の言葉は、その問いへの、醸造家からのひとつの答えでもある。

そして街へ——森と都会はつながるのか

こうした過程を経て、2026年7月末、「BACK 2 FOREST」が完成した。花よもぎとクロモジを副原料にしたサワーエール。グラスに注ぐと、酸味の奥からフローラルな香りが立ちのぼる。YNKエリアの飲食店で食中酒として出せること——ワークショップから一貫していたその方針どおり、料理を邪魔しない軽やかな仕上がりだ。8月下旬から、YNKエリアをはじめとする各店舗で販売が始まっている。

 

プロジェクトを最初から設計してきたButterfly Lab代表の松村氏は、完成したビールを飲んで「おいしい!」と感嘆し、こう語った。

 

「醸造所での試飲の時はまだ完成形ではなかったので、どういうものになるのかイメージが見えなかった。皆さんと選んだ素材がここまでまとまるとわかって、感動しました。イメージどおり、すっきりと爽やかな味わいになっている。これは真夏から残暑の季節まで楽しめる一杯ですね」(松村氏)

完成を祝う会には、東京建物株式会社 まちづくり推進部長の久間田尚紀氏も参加。できたてのビールを口にし、笑顔を見せた。

「めちゃくちゃおいしい。クラフト系のビールはどちらかというと重たかったり、アルコール度数も高かったりするけれど、これはとても飲みやすい。実際に口にしてみると、『森とつながる』というコンセプトにより共感できますね。都心がその森とつながって、味を通して五感で感じられます」(久間田氏)

 

一杯のビールで、森の課題がすぐに解決するわけではない。それでも、遠くの森で採られた植物が東京の醸造所でビールになり、YNKエリアの食卓に届くという道筋は、確かに一本生まれた。その先に何を見据えているのか。ワークショップ編で松村氏が語った言葉が、それを示している。

 

「都心の企業が森と経済的につながり、その森でとれたスパイスをまたこの街の料理やビールで味わうという循環が何年も続いた先に、この街が育てた食材と呼べるものが生まれていきます」(松村氏)

 

(写真/尾藤能暢)

 

<BACK 2 FOREST 販売について>
2026年8月下旬より、YNKエリア他の各店舗にて順次販売中です。
※完売次第終了となります。

プロフィール
松村 大貴
Daiki Matsumura
Butterfly Lab株式会社 代表/システミックデザイナー
東京科学大学 研究員

1989年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。社会の構造を観察し、より良いあり方をデザインする「システミックデザイナー」を名乗る。行動変容とトランジションデザインを軸に、変わりたくても変われない課題へ向き合い、企業・自治体・アカデミアとの共同探求プロジェクトに取り組む。
2015年、ハルモニア株式会社を創業。起業家として10年を過ごしたのち、2025年に変容デザインラボ Butterfly Lab株式会社を設立。
著書に『行動変容』(英治出版)
古谷 知華
Tomoka Furuya
Tomoka Furuya
日本草木研究所代表

2018年、調香やハーブ・スパイスに関する知識を活かしクラフトコーラの生みの親である「ともコーラ」を設立し、2021年からは日本の山に自生するハーブ&スパイスのプラットホーム「日本草木研究所」を立ち上げる。日本中の山で食材探しをするのが趣味。2015年東京大学工学部卒。Forbesカルチャープレナー30選、ForbesNEXT100選、ICCフード&ドリンクアワードグランプリ、ICCクラフテッドカタパルト準グランプリ等。
BALDY'S GOOD BEER
BALDY'S GOOD BEER
東京都中央区日本橋兜町を拠点とするクラフトビール醸造所。「一杯のビールが人と人をつなぐ、さまざまなカルチャーが交わる場所をつくりたい」というコンセプトを掲げ、代表・于凱年(ゆう かいねん)氏と醸造長・中田じゅんぺい氏によって設立された。両氏は海外生活のなかでクラフトビール文化の奥深さに魅了され、開業に至った。

醸造所は、1階・2階に分かれた特殊な構造の醸造スペースを持つ都心型のマイクロブルワリー。シンプルで飲みやすいビアスタイルをベースに、多様なスタイルのビールを手がけている。東京駅から徒歩圏にタップルームを構え、ストリートカルチャーからビジネスパーソンまで、多様な人々が行き交う「カルチャーの交差点」を目指している。