2026.10.20

熱海の空きビルに、アートが宿る——遊休不動産が街の「余白」として再生するまで【Inspiration Talk 第14回 前編】

2026年7月15日、東京・八重洲の「Tokyo Living Lab」にて、連続イベント『Regenerative City Inspiration Talk〜東京からリジェネラティブな都市の未来について考えよう!〜』の第14回が開催された。テーマは「遊休不動産を再生しながら、アートが人と創造性を地域に呼び込む〜都市と地域の双方向の価値循環の可能性〜」。

 

ゲストは、熱海を舞台に滞在拠点「yutorie」を運営し、芸術祭「ATAMI ART GRANT」を牽引するPROJECT ATAMI実行委員会の近藤尚氏。前編では、街の「余白」にアートや人が交差し、都市と地域が持続的に繋がり合う仕組みの原点を追う。

 


 

「実は今日、熱海で地元のお神輿を担いでから、そのままこの会場に駆けつけたんです」

 

セッションの冒頭、ゲストスピーカーとして登壇していた近藤尚氏はそう切り出した。空間デザイナーとして活躍する一方で、土地の日常や祭り、住民との付き合いに直接関わっている。近藤氏が熱海へ移住して約5年。新幹線を使えば東京からわずか40分という距離でありながら、そこには都市とは異なる時間軸や、地元ならではの人間関係が存在する。

 

「5年住んでいても、地元の方々から見れば自分はまだ新参者なんです。外から来た人間がすぐに街に馴染めるわけではないけど、そこをフラットにしていくことで本当につながれるはずだと思っています」(近藤氏)

静岡県熱海市の海辺の街並み ©️iStock.com/Moarave

熱海はかつて、高度経済成長期やバブル期の社員旅行ブームなどを背景に、一大観光地・保養地として大きく栄えた歴史を持つ。しかし、時代の変化とともに衰退を経験し、街には空きビルや使われなくなった元喫茶店、稼働率の落ちたホテルや保養所といった「遊休不動産」が多く残されることとなった。熱海を単なる「過去の観光地」として消費するのではなく、土地が辿ってきた歴史や住民の営みをしっかりと受け止めることが、近藤氏の取り組みの基盤となっている。

都市と地域をつなぐ「バイオリージョナル」という考え

本イベントシリーズが重視する視点の一つに、「バイオリージョナル」という考え方がある。都市(消費する側)とその周辺地域(資源を供給する側)という対立構造で捉えるのではなく、自然環境や文化、経済を含めた一つの地続きの生態系として捉え直すアプローチだ。

 

都市の資金やクリエイティブなアイデアが地域へ流れる一方で、地域が持つ風土や歴史的価値が都市で暮らす人々に新しい気づきを与える。近藤氏はこの双方向の循環を熱海で体現。その媒体として活用しているのが、「遊休不動産」と「アート」の組み合わせだ。

PROJECT ATAMI実行委員会・近藤尚 氏

「綺麗な白い壁の美術館に作品を飾るのではなく、熱海固有の時間が染み付いた空きビルや路地にアートを展示する。そこにアーティストが滞在し、作品を通じて街の空気感を表現することで、訪れる人にも地元の人にも『この空間にはこんな面白さがあったんだ』という新しい気づきが生まれます。完璧に整えられた開発ではなく、手を加える余地があるからこそ、人と新しいアイデアが集まってくるのです」(近藤氏)

自己表現としてのアーティスト滞在型レジデンス「yutorie」

近藤氏が熱海の遊休不動産を活用する具体的アプローチとして立ち上げたのが、クリエイターのための滞在型レジデンス「yutorie」だ。バブル期に建てられ、長年使われていなかった元保養所を改修したこの施設は、クリエイターやチームが中長期で滞在して制作や議論に集中できる「合宿所」というコンセプトを掲げ、2020年にオープンした。

 

この取り組みの背景には、近藤氏自身の3つの軸があった。
① 空き地の事業化:放置されていた遊休不動産を有効活用すること。
② クリエイティブなアプローチ:創造的な思考を持つ客層を呼び込むこと。
③ 自己表現・自己実現:内装デザイナーとして「自分の代表作にする」という個人的な思いを込めること。

 

「事業としての収支計算や一般的な使いやすさだけを追求するのではなく、空間デザイナーとして『自分の代表作にするんだ』という強い自己表現の思いを優先し、少し無理のあるデザインや改修を行いました。結果として、その型にはまらない空間の面白さに反応してくれた仲間やクリエイターたちが熱海を訪れてくれるようになったんです」(近藤氏)

オープン後はワーケーション需要の後押しもあり、施設運営も軌道に乗った。単なる宿泊機能にとどまらず、近藤氏自身の活動基盤となり、地域コミュニティと連携するハブへと進化。そして、この1棟の再生体験が「街に点在する遊休不動産を面としてつなげ、活動の器にできないか」という思考を生み、芸術祭「ATAMI ART GRANT」への参画へと繋がっていく。

点から面へ 街全体を巻き込んだ「ATAMI ART GRANT」の挑戦

1棟の建物という点から街という面への拡張を目指し、その手段として選ばれたのがアートだった。近藤氏らが主導して2021年からスタートした芸術祭「ATAMI ART GRANT(AAG)」は、毎年11月の秋に開催されている。2025年にはメインスポンサーの撤退という存続の危機に直面したものの、近藤氏自身が責任を持って引き継いだ。

「AAG」の核は、美術館のような専用の展示空間ではなく、熱海の街なかに点在する遊休不動産や見落とされていた公共空間を、期間限定でアーティストに開放して展示会場に変える点にある。初期には当時半分ほどの部屋が稼働していなかったホテルの客室を活用したホテル再生から始まり、徐々に街なかへと展開を広げていった。

 

オフシーズンの海水浴場に巨大なインスタレーションを設置して人の流れを作ったり、ガレージや残置物で埋まっていた店舗の2階を片付けて写真展を開いたり。高台の廃墟マンション屋上に脚の長いベンチを置いて熱海の絶景を再発見させる作品など、その土地の文脈を引き出す試みも多い。

さらに、10年以上未利用だった駅前の細長い物件にAAGのインフォメーションセンターを仕立てたところ、会期後にすぐ賃貸契約が決まったほか、アーティストが作ったゲームセンター風の展示空間が会期終了後に地元住民向けの惣菜屋として営業を始めた事例も。若い担い手が不足していた地元の「こがし祭り」でも、アーティストと共に山車(だし)を復活させるといった、地域のサービスや文化の補強に踏み込む変化も生み出している。

「活動」が価値を更新し続ける 不動産開発の新たなパラダイム

こうした近藤氏の実践は、従来のリノベーションや不動産開発の考え方に問いを投げかけている。従来の考え方では「空き家→リノベーション→賃貸・売却」と、工事が終われば価値は固定される。しかし熱海での実践は「空き家→活動(展示・滞在)→場所に人が集まる」という流れで、活動が続く限り価値が更新され続ける。

 

近藤氏が「AAG」を通じて実感したのは、アート作品そのもの以上に「そこで表現しようとしている個人がいる」ことの強さだった。個人の自発的な表現活動や熱量があるからこそ、資本や効率のロジックだけでは説明できない「その場所である理由」が立ち上がる。

 

インプットトークの締めくくりとして、近藤氏はこれまでの実践から得た「次に問いたいこと」として3つの課題を提示した。

 

Q1.1棟・1回のイベントで終わらせない。点ではなく、面としてどう広げるか?

Q2.ボトムアップ的な個人活動と、トップダウン的な社会行動(行政や大きな資本)をどうつなぐか?

Q3.この熱海での活動や熱量、起きていることを周囲に伝播していくには?

 

このように前編では、熱海の遊休不動産をアートで再生してきた近藤尚氏の実践と、氏が投げかけた3つの問いを追った。後編では、この3つの問いを軸に展開された質疑応答と対話セッションへと迫る。大多喜有用植物苑の上村直人氏や会場参加者の言葉が、近藤氏の問いに新たな光を当てていく。

プロフィール
近藤 尚
Naoshi Kondo
PROJECT ATAMI実行委員会

日本をベースにする空間デザイナー。多様な活動領域で自身で宿泊施設や喫茶店も運営する。「合宿所yutorie」(2022 熱海・日本空間デザイン賞2022金賞、IF Design AWARD 2023 Winner)、「しゃかいか!京都 "本しゃ"」(2023 京都)などを手がける。