2026.05.22

自然界に学ぶイノベーション——「ネットワーク」を超えて相互に影響し合う「エコシステム」を育む方法

サステナビリティ(持続可能性)から、リジェネレーション(再生)へ——。その移行を実現するためには、個別の企業やプレイヤーの努力だけでは難しい。だからこそ求められているのは、多様なステークホルダーが共に進化する「エコシステム(生態系)」の構築だ。

 

本稿では、RegenerAction JAPAN2025のトークセッションをもとに、食のイノベーション・エコシステムにおける実践的な経験を持ち、同時に生物学の知見を持つEIT Foodのルーシー・ウォレス博士(写真中央)、欧州でリビング・ラボや複数のベンチャープログラムを展開するNaked Innovationsのライアン・エドワーズ氏(写真右)、そしてシリコンバレーや東京でコミュニティビルディングを実践してきたトッド・ポーター氏(写真左)の三者鼎談をお届け。「生物学的原則」をメタファーに、健全なイノベーション・エコシステムをいかに育むかについて語り合ってもらった。

 

【登壇者】

  • トッド・ポーター (Todd Porter)氏:
    イノベーション、カルチャー、そして社会的インパクトの交差点で活動する、リジェネレーション分野の投資家でありビルダーである。
  • ルーシー・ウォレス (Lucy Wallace)博士:
    EIT Food(欧州イノベーション技術研究所 食品部門)ディレクター。生物学のバックグラウンドを持つ。Liminal Thinkingの創設者。EIT Food(欧州イノベーション技術研究所 食品部門)でグローバル・リレーションシップ・ディレクターを務めた。食のイノベーション・エコシステムとリジェネラティブ・システムに精通し、生物学をバックグラウンドに持つ。
  • ライアン・エドワーズ (Ryan Edwards)氏:
    Naked Innovations CEO。インパクト志向のスタートアップを3社創業。カーギルにて、欧州統括のイノベーションおよびマーケティング責任者を務めた。 

トッド・ポーター氏(以下、ポーターまずは少し頭を柔らかくしてみたいのですが、「リジェネラティブ(再生的)」な企業やコミュニティとは、どのようなものだと思いますか?

 

ライアン・エドワーズ氏(以下、エドワーズ私は逆に「何ではないか(Not)」から考えるとわかりやすいんじゃないかな、と思うんです。リジェネラティブとは、「収奪的(Extractive)」ではないこと。そして、「利己的・独りよがり(Self-absorbed)」ではないことですね。

ポーター:なるほど、面白い視点です。「何をすべきか」の前に「どうあるべきではないか」を定義するのは、思考を整理する良いフレームワークですね。

ルーシーさんは生物学のバックグラウンドをお持ちですが、自然界のしくみから、私たちが学べることは何でしょうか?

 

ルーシー・ウォレス氏(以下、ウォレス学校で、「食物連鎖(フードウェブ)」について習いますよね。「誰が誰を食べるか」という図式です。これはビジネスでいう「ネットワーク」に似ています。「AとBがつながっている」という単純な点と線の関係です。

しかし、実際の自然界はもっと複雑です。動物同士の関係だけでなく、気候、土壌、人間による環境破壊など、あらゆる要素が相互に影響し合っているんです。

 

ポーター:単純な線でのつながりではなく、環境全体を含めた相互作用ということですね。

 

ウォレス:その通りです。私たちはビジネスにおいて、複雑な関係性を単純な「ネットワーク」として捉えようとしがちです。でも本当にリジェネラティブな環境をつくりたいなら、自然界のような「エコシステム(生態系)」として捉える必要があります。そこには、単なる取引関係を超えた、“相互作用”があるはずです。

 

エドワーズ:その「健全なエコシステム」に不可欠なキーワードが「多様性(Diversity)」ですよね。遺伝子が強くなるためには多様性が必要であるのと同様に、ビジネスのエコシステムにも異質な存在が必要です。

私はこれまで多くのスタートアップ支援をしてきましたが、失敗するエコシステムには特徴がありました。それは「均質的」であること。同じような技術を持ち、同じような考え方をして、全員が「投資家から資金調達する」ことだけを目指している。これではスケールしませんし、盲点に気づくこともできません。

 

ポーター:シリコンバレーがイノベーションのホットスポットであり続けられた理由もそこにありますね。世界中から多様な人材が集まり、「極端なほどのオープンさ」がある。大企業のCEOでも、学生とコーヒーを飲んでフラットに意見交換をする文化がありました。

必要なのは「緑のレゴ・ブロック」のような土台

ポーター:では、そのような多様性のあるエコシステムを意図的につくるには、何が必要なのでしょうか?

 

ウォレス:「イネーブリング・エンバイロメント(Enabling Environment=可能にする環境)」、つまり土台づくりが、エコシステムを機能させるために重要だと考えています。私はこれを「レゴの緑色の基礎板(ベースプレート)」に例えているんです。レゴブロックで素晴らしいお城をつくるには、ブロックを固定するための基礎板が必要ですよね。エコシステムにおいて、この基礎板の役割を果たすのが、私たちEIT Foodのような「中立的なまとめ役(Convener)」なんです。

 

 

©Floriana / iStockphoto.com

エドワーズ:確かに、以前は大企業同士やスタートアップが連携しようとしても、「なぜリソースを割く必要があるのか?」と懐疑的でした。誰かが間に入ってリスクを下げてあげる必要がありますね。

 

ウォレス:ええ。利害関係のない中立的な組織が間に入り、資金を提供したり、共通の政策課題に取り組んだりすることで、組織間の「信頼」を醸成します。基礎板さえしっかりしていれば、その上にどのような形のブロック(プロジェクト)を積み上げるかは、参加者の自由なのです 。

「Like-minded(同調)」より「Like-spirited(共鳴)」

ポーター:エコシステムの構成員についてですが、私はよく「Like-minded(同じ考えを持つ人)」よりも「Like-spirited(同じ志・精神性を持つ人)」が重要だと話すんです。考え方がまったく同じである必要はなくて、むしろ違うほうがいい。でも、「方向性が定まりきっていない中でも、共に探求し、行動しようとする精神性」を共有していることが重要なんじゃないかと。

 

エドワーズ:まったく同感です。私たちが運営するバルセロナのインパクト・ハブ「Norrsken」でも、その精神性を重視しています。 そしてもう一つ、意図的に設計しているのが「役割のバランス」です。イノベーターというと「アイデアを出す人」ばかりイメージされがちですが、実際には「つなぐ人(Connectors)」、「形にする人(Shapers)」、「構築する人(Builders)」など、多様な役割が必要です 。

 

ポーター:全員がフォワードのサッカーチームでは勝てないのと同じですね(笑)。

 

エドワーズ:まさに。「自分はすごいアイデアがないからイノベーターじゃない」と遠慮する人がいますが、実は「つなぐ人」がエコシステムには不可欠です。私たちは意図的にこの役割の比率を科学的に分析し、コミュニティを構成しています。

「自分ができること」から波及させる

ポーター:最後に、実際にエコシステムが機能し始めた、具体的な事例があれば教えてください。

 

エドワーズ:食品大手のダノン(Danone)との事例をお話したいと思います。当初、彼らは「自社のために」エコシステムをつくりたいと言ってきました。しかし、あるひとりの担当者が「会社の枠を超えて協働すべきだ」という熱意を持っていて、それが社内に伝染していったんです。これを私たちは「バイラル・チェンジ(ウイルスのような変化)」と呼んでいます。結果として、ダノンだけでなく、パッケージ会社のテトラパック(Tetra Pak)なども巻き込み、競合やサプライヤーの垣根を超えた世界初の「循環型乳製品プロジェクト」が生まれました。最初は「リジェネラティブ」を目指していなくても、多様なメンバーが本気で関わることで、結果として再生的なアウトプットが生まれた好例ではないかと。

 

ポーター:素晴らしいですね。「提供する価値(Value Created)」が「受け取る価値(Value Captured)」を上回るように行動する——それがエコシステムにおける基本原則ですね。

 

ウォレス: エコシステムは「お弁当箱」のように境界線がはっきりしたものではありません。ひとつのエコシステムで起きた変化は、必ず隣接する他のシステムにも染み出し、波及効果(リップルエフェクト)を生みます。重要なのは、「何が必要か」を問うだけでなく、「システム内の自分の立ち位置(Node)から、自分の力で何ができるか」を問いかけ、行動することです。

ポーター:エコシステム・インテリジェンス(EI)を持って、自分ができる「ポジティブな外部性」をどう生み出すか。それが私たち一人ひとりにできる第一歩ですね。ありがとうございました。

プロフィール
トッド・ポーター
Todd Porter
Regeneration Investor & Builder

イノベーション、カルチャー、社会的インパクトの交差点で25年以上にわたり事業とエコシステムを構築してきた、リジェネレーション志向の投資家でありビルダー。スタンフォードMBAを取得し、エドモンド・ヒラリー・フェローでもある彼は、Ki Bio、Equity 4 Humanity、EDGEof、FabCafe Global、Prosperity Exchange、IMPACT Foundation Japan、PAN Asia、そしてグローバルTEDxムーブメント黎明期に創設アンバサダーを務めたTEDxTokyoなど、数多くの組織やイニシアチブの共同創設に関わってきた。
日本を拠点に世界で活動するトッドは、起業家、投資家、クリエイターと協働し、リジェネラティブなビジネスモデルと場所に根ざしたエコシステムの設計に取り組む。また、鋼鉄よりも強く、コスト効率とスケーラビリティを兼ね備え、カーボンネガティブな代替素材として注目されるInventWoodの「SUPERWOOD」をはじめ、鋼鉄、コンクリート、アルミニウム、カーボンファイバーに代わる次世代のリジェネラティブ・ゲームチェンジャーへの投資も行っている。
ルーシー・ウォレス
Lucy Wallace
Former Director of Global Relationships, EIT Food
Founder, Liminal Thinking
Co-Founder, REGEN HOUSE

より再生可能なフードシステムの構築に向けた革新を推進するリーダー兼戦略家。20年の経験を持ち、世界的に認められたエコシステム構築者、コネクター、召集者、調停者として知られる。ルーシーは、グローバルコンサルティング会社Liminal Thinkingの創設者であり、現在は、世界最大の食品イノベーションコミュニティであるEIT Foodのグローバルリレーションシップディレクターを務め、組織のグローバル事業の構築と統括を担当。
また、過去3年間に渡り国連気候変動枠組条約(UNFCCC)COPにおける「アクション・オン・フード」ハブの事務局を統括し、再生型食料システムに関する進化的な対話を促進するポップアップスペース「REGEN HOUSE」の共同創設者でもある。元チーフ・オブ・スタッフとして、イノベーションが繁栄する環境づくりに情熱を注ぎ、地球規模の課題にインパクトある解決策をもたらすための包括的で意義ある協働を推進している。
ライアン・エドワーズ
Ryan Edwards
CEO of Naked Innovations

カーギル社にて10年以上にわたりリーダー職を務め、欧州マーケティング&イノベーション部門長を歴任した後、起業家としての道を歩み始め、3つのアグリフード・インパクト系スタートアップを共同創業。現在は Naked Innovations のCEOを務める。社会的・環境的インパクトを志向したアントレプレナーシップを育成し、研究成果を市場規模へと展開する「目的主導型イノベーション」の推進者としても知られる。現在は FATE、FoodTech Congress、Be-AI のボードアドバイザーを務めるとともに、マレーシアの First Frontier Ventures や Norrsken Regeneration のベンチャーアドバイザーとしても活動。さらに、UNICEF、ユニリーバ、ダノン、ペプシコ、カーギル、マッケイン、テトラパックなどのグローバル企業に対し、イノベーションプログラムやリーダーシップ・コーチングを提供する。現在はスペインを拠点に活動する。