2026.10.20

お祭りに汗を流すことが、街を動かす——熱海と東京から見えた、信頼が循環を生む仕組み【Inspiration Talk 第14回 後編】

前編では、近藤尚氏が熱海の遊休不動産を舞台に、アートと滞在という切り口で街の「余白」を再生してきた実践を追った。空き家は「負動産」ではなく、人の活動が入って初めて価値を持つ——近藤尚氏はそう語り、3つの問いを会場に投げかけた。

後編では、質疑応答と対話セッションへと移り、ゲストとして登場した大多喜有用植物苑の上村直人氏や会場参加者との議論が展開される。「点から面へ」「ボトムアップと行政をどうつなぐか」「熱量をいかに伝播させるか」——前回に近藤氏が投げかけた3つの問いへの光明を探る。

 


 

熱海を拠点に、「遊休不動産」と「アート」を組み合わせることで、街全体を巻き込んだ芸術祭や賑わいの再生に取り組んでいる空間デザイナーの近藤尚氏。遊休不動産を活用する上で同氏が掲げる「空き地の事業化」「クリエイティブなアプローチ」「自己表現・自己実現」という3つの軸や、「空き家→活動(展示・滞在)→場所に人が集まる」という不動産開発の新たなパラダイムの可能性など、その気づきの過程を追った前編でのインプットトークを受け、会場は質疑応答へと進んでいく。建物の再生に携わる設計事務所に勤務する参加者からは、次のような問いが上がった。

「アートのような試みを続けていこうとすると、人が動くため実際にはお金がかかる。発想は良くても実現が難しかったり、提案だけで終わってしまったりする壁を、どのように乗り越えて継続させてきたのでしょうか?」

 

「端的に言うと、やっぱり『自分でやりたい』という思いが強い人がやる、というのが一つの正解だなと思っています。スマートなエコシステムの話ではないかもしれませんが、本当にそれをやりたいと思っている人は、自分でお金を出してでも、泥臭く協賛のスポンサーを回ってでもやります。実際、『ATAMI ART GRANT 2025』はメインスポンサーが降りてしまい開催すら危ぶまれました。しかし、これまでの活動やアーティストとの繋がりをここで途切れさせたくないという一心で、自分が引き継いで旗を振りました。『結局、やる人はやる』のであって、その個人の尊い熱量が結果として周りの人を巻き込み、場を動かしていくのだと思います」(近藤氏)

 

続いて、「短期的な収益が見えにくいアートや文化的なアプローチに対して、どのような人々が支援者として関わり続けてくれているのか?」という問いが投げかけられる。

「現在の熱海の主要な観光コンテンツを振り返ると、かつて文豪が滞在したカルチャーや、建築家ブルーノ・タウトが手がけた建築など、過去の『個人の文化活動』が時を経てレガシーになっています。地域の観光業に関わっている大きな会社やホテルへお願いしに行っても、最初はぽかんとされるようなギャップもありました。でも逆に、街の飲食店や小さい商店のオーナーさんは自分たちの考えに深く共感してくれて、出資や協賛をしてくれたりします。私たちが今やっている泥臭い活動も、そうやって未来の観光コンテンツや地域のレガシーになっていくのかもしれません」(近藤氏)

 

大企業の理論や短期的な利益ではなく、街の小さな個人の共感によって活動が支えられているというリアルな構造がある。

プレイヤーを繋いで面を作る「ハブ」の存在

ここからは、近藤氏と参加者との対話セッションがスタート。さらにゲストとして、「大多喜有用植物苑」のリブランディングを手がけるプロジェクトディレクター・上村直人氏が参加した(上村氏が登壇したInspiration Talk第11回の様子はこちら)。

上村氏は、自身が活動する千葉県外房エリアの例を引き合いに出し、点としての拠点を「面」へと広げていくためのアプローチを共有。現在は「大多喜有用植物苑」を起点に地元の老舗麹屋や薬草蒸留所「mitosaya」といった魅力的なプレイヤー同士を結びつけ、エリアを回遊できる仕組みを今まさに作り始めているという。

上村直人氏

「街のなかで単発のアート活動やイベントが盛り上がっていても、地元の事業者からすれば『自分たちの活動だけで手一杯で、最初はどこか他人事に見えてしまう』のが本音です。だからこそ、重要なのはプレイヤー同士を繋いでくれる”観光案内人”のようなハブになる人の存在です。そういう人が一人いるだけで、何でもない場所が急に面白くなる」(上村氏)

 

これを受け、近藤氏は前編で提示したQ1「点から面へどう広げるか」に立ち返り、持続的な広がりをつくるヒントとして「お祭り」の仕組みを提示する。

 

「街のイベントを継続させていくモデルとして、地域に根付いているお祭りにヒントがあると思っています。お祭りには、その地域で商売や生活をしていると、ある種”理不尽に関わらせられる”暗黙の了解があります。でも、それがあるからこそ何百年もコミュニティが続いている。ビジネスの論理や契約だけでなく、同じ行事に参加して理不尽さも含めて汗を流し合うような泥臭い関わりこそが、外の人間と地元の人間の間にフラットで強固な信頼関係を築くインフラになっているのかもしれません」(近藤氏)

小さなお願いから紡ぐ信頼関係と、空間のバトンパス

議論はさらに広がり、会場の参加者からもそれぞれの実感に基づいた意見が投げかけられる。第10回ゲストスピーカーの高橋裕典氏からは「役所の政策と連携してエッジの効いたリジェネレーション物件を増やしていってはどうか」という居住者誘致の視点が示される。(高橋氏が登壇したInspiration Talk第10回の様子はこちら)

高橋裕典氏

一方で、都内で代々続く農家であり不動産事業にも携わる参加者は、「駅から徒歩30分という車社会のベッドタウンにおいて、イベントを日常的な取り組みとして継続させていくことは本当に難しい」と、観光地ではない都市郊外でのシビアな現実を語った。

 

話題が「多主体にとってのwin-winな関わり代をどのように成立させるか」に及ぶと、上村氏と近藤氏は地域における信頼構築の本質を提示した。

 

「僕たちも、最初は食堂の食材すら自分たちで調達できませんでした。だからこそ、地元の農家さんのところへ直接足を運んで、『採れたものを卸してほしい』と小さなお願いをしていくことから始めました。地域でお金が回り、お互いに意味のある関係を泥臭く積み重ねていくこと。そうした小さなやり取りの積み重ねこそが信頼の基盤になります」(上村氏)

 

「私たちが手がけた『AAG』の展示空間が、会期後にそのまま惣菜屋さんとして日常的に使われ続けている事例がまさにそうです。綺麗につくり込んだハードをただ引き渡すのではなく、活動を通じて生まれた『関わり代のある空間』をそのまま地域にお渡しし、次の人が継続して使っていく。そうやって次の活動や繋がりが現場で生まれていくことこそが、本当の意味での価値の継続性なのだと思います」(近藤氏)

リジェネラティブとは「その場所で人が何をやるか」という意志

「最近本当に面白いと思っているのが、うちの施設で働いてくれているスタッフと近くの蒸留所で働く子、20代3人が集まり、地元の空き家を見つけてシェアハウスを始めたんです。僕たちが仕掛けたわけでも指示したわけでもなく、下の世代のプレイヤーたちが現場で勝手に仲良くなって、横のつながりを作って新しい遊びや企画を立ち上げ始めている。こうした状況を見ると、自分たちがいなくなっても、このエコシステムは勝手に駆動していくという確かな手応えを感じています」(上村氏)

 

近藤氏も「最初は外から来た人間が空き家を泥臭く開拓している様子を、地域は静観しているかもしれません。でも、その活動をブレずに継続していくことで、それを見た年下の人たちが自然と増えていく。確実に次の世代を引き寄せる『余白』が街に根付いている」と大きく頷く。

 

前編で立てたQ2の「ボトムアップな個人の活動を、いかに行政や大きな仕組みへ繋げていくか」という問いに対しては、東京建物 まちづくり推進部長の久間田尚紀氏が自社が八重洲・日本橋・京橋(YNK)エリアで展開している写真展「T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO」の事例を挙げる。わずか3軒の規模から始まった写真展が、今やエリア全体の大きなビルから小さな商店、そして行政まで巻き込んでいる背景には、「お祭り」を通じた泥臭い信頼の獲得があったという。

 

「東京建物では、地域の歴史ある山王祭に、3日間で延べ800人ほどの社員を神輿の担ぎ手として出しています。街の求めにしっかりと応え、地域の仲間として汗を流す。そうやって一生懸命関わることで『困った時に助けてくれる人たちだ』と認められ、地元の信頼に繋がっていきました。最初に、こうした人対人の泥臭い繋がりがあるからこそ、イベントがエリア全体へと広がり、行政を巻き込むルートも生まれていく。それは都心のビル街であっても熱海であっても、本質的には全く同じなのだと思います」(久間田氏)

 

行政の壮大な計画や手厚い予算を待つのではなく、現場の小さな「手作業」と「身体的な信頼」の積み重ねが、大きな組織を動かす力となり、次の世代へと受け継がれる自走型のエコシステムを育てていく。会場全体の対話を経て、前編で示された問いへの光明が見えてくるのだった。

東京建物 まちづくり推進部長 久間田尚紀氏

セッションの最後に「近藤さんにとっての『リジェネラティブ(再生)』とは、どのような姿ですか?」という問いを投げかけられた氏は、次のように答える。

 

「僕にとってのリジェネラティブとは、結局のところ『その場所で人が何をやるか』という活動そのもの、そしてその熱量だと思っています。完璧に整備されたハードウェアやシステムを作るのではなく、人が何かを表現したり、動き出したりできる『余白』を街の中に残しておくこと。そこで生まれる個人の自発的な活動こそが一番の価値であり、街を再生させていく原動力になるのだと信じています」(近藤氏)

プロフィール
近藤 尚
Naoshi Kondo
PROJECT ATAMI実行委員会

日本をベースにする空間デザイナー。多様な活動領域で自身で宿泊施設や喫茶店も運営する。「合宿所yutorie」(2022 熱海・日本空間デザイン賞2022金賞、IF Design AWARD 2023 Winner)、「しゃかいか!京都 "本しゃ"」(2023 京都)などを手がける。