
明日の天気は変えられなくても、100年後の天気は変えられる——気候変動が都市とビジネスを揺るがす現実【Inspiration Talk 第15回 前編】
2026年8月19日、東京・八重洲の「Tokyo Living Lab」にて、連続イベント『Regenerative City Inspiration Talk〜東京からリジェネラティブな都市の未来について考えよう!〜』の第15回が開催された。
テーマは「100年天気予報が示す、これからの東京とビジネス〜気候変動を自分ごととして捉え、まちの未来を考える〜」。ゲストは、株式会社ウェザーニューズの気象予報士・吉良真由子氏。前編では、100年後の気象シミュレーションが突きつける気候変動の現実と、それが都市やビジネスにもたらす構造的な影響を追う。
(©iStockphoto.com/Hanafujikan)
連日の猛暑に加え、イベント直前の2026年8月に起こった千葉県での記録的豪雨、以降も各地で集中豪雨による冠水被害が相次ぐなど、もはや「異常気象」とも言えないほど極端な気候が常態化している。身近な関心事である「天気」から、都市の未来をどう見据え、ビジネスをどう変革していけるのか——。
そんなテーマの下、ゲストスピーカーとして株式会社ウェザーニューズの気象予報士・吉良真由子氏が登壇した。同社は、一般向けの気象アプリや登録者数160万人を超えるYouTubeチャンネル「ウェザーニュースLiVE」での情報発信のみならず、海運、航空、鉄道、道路、放送など、社会インフラを支える多様な産業へ独自の気象予測サービスを提供する世界最大級の民間気象情報会社だ。吉良氏自身も、世界中の研究機関のシミュレーションデータをもとに未来の気候を描く番組『100年天気予報』の解説などを担当し、気候変動のリアルな現状と未来を発信し続けている。
ウェザーニューズ創業の原点は、1970年に福島県小名浜沖で起きた海難事故にある。猛烈な爆弾低気圧により貨物船が沈没し、15名の船員が命を落とした。当時、商社としてその船を港へ案内した創業者の石橋博良氏は「あのとき本当に役に立つ気象情報があれば、乗組員の命を守れたのではないか」という痛恨の念から、1986年に会社を設立した。

「私たちの原点は『命を守ること』にあります。そして現在、その思いは気候変動の中で変化していく『地球の未来を守ること』へと繋がっています」(吉良氏)
今回のトークテーマは「100年後の街とビジネス」だが、100年先というスケールは日常の実感からは遠い。吉良氏は「未来へのバトンとして捉えるために、まずは100年前の大正15年(1926年)を想像してみてほしい」と語りかける。

この100年で技術や都市の景色は激変したが、四季を楽しむ人の営みや文化は変わらず受け継がれてきた。だが気候変動が進めば、その当たり前すら失われかねない。
「例えば、この近くの八重洲さくら通りでもお花見が親しまれていますよね。それが100年後も当たり前にできているかというと、実は、できなくなるかもしれません」(吉良氏)
そう前置きして吉良氏が提示した開花シミュレーションには、太平洋側を中心に「桜が咲かなくなる地点」が数多くプロットされていた。桜の花は、冬の寒さを一定期間経験しないと春に開花しない「休眠打破」という性質を持つ。地球温暖化によって冬の冷え込みが失われてしまうと、春になっても桜が咲かなくなる。私たちが何世代にもわたって受け継いできた「春にお花見を楽しむ」という素朴な文化すら、気候の激変によって断絶してしまうかもしれないのだ。

ここから吉良氏は、すでに顕在化している数々の気象データを示しながら、東京という大都市が抱える特有の脆弱性を解き明かしていく。
2023年8月の東京の平均最高気温は34.3℃を記録したが、温暖化が進行した場合、2073年にはこの記録的な猛暑が「平年並み」になると予測されている。コンクリートやアスファルトに覆われた東京などの大都市は、ヒートアイランド現象によって日本の平均値よりも1.0〜1.5℃高い熱環境に晒されている。吉良氏が提示した「温暖化が進行した2126年8月の想定天気予報」では、東京の最高気温は39℃、練馬や世田谷では40℃、最低気温すら30〜31℃という猛烈な熱帯夜が平年の光景として描かれる。
暑さだけではなく、都市を襲うゲリラ豪雨のリスクも跳ね上がっている。一般的な都市の排水インフラは1時間あたり約50mmの降雨を上限に設計されているケースが多いが、近年は1時間あたり100mmを超えるような猛烈な雨が頻発している。吉良氏自身も、イベント直前の8月に千葉県内で発生した記録的豪雨(12時間雨量341.5mm、最大時間雨量115mm)によって自宅周辺が冠水し、エレベーターが故障する被害に遭ったという。

「この千葉豪雨に際してウェザーニューズのリポーターから寄せられた被害報告を分析したところ、国や自治体のハザードマップが示す浸水想定区域の『外側』で発生した被害が55.7%に達していました。浸水リスクを想定していない場所で、2人に1人以上が被災している計算になります」(吉良氏)
大気の気温が上がると含むことのできる水蒸気量が増加するため、約30年前であれば起こり得なかったような極端な豪雨の発生確率は、近年の気候変動によって最大2倍にまで跳ね上がっているという。さらに吉良氏は「豪雨と干ばつの同時多発」にも警鐘を鳴らす。一度にドカッと降る極端な雨は地表を素早く流れ去って土壌に蓄積されず、猛暑による蒸発が加わることで大地はますます水を吸い込まなくなる。豪雨に見舞われながらも乾燥と水不足が進むという悪循環だ。
こうした気候構造の激変は、ビジネスの現場にも直接影響を与えている。食の領域では輸入農作物の収量減や調達コスト高騰、アパレル産業では春秋の短縮による需要の二極化、屋外作業の停止による建設・物流・一次産業への打撃——。

「気候リスクを分析してステークホルダーに開示する動きは、プライム上場企業ではすでに実質義務化されています。対策を取っていない企業として市場価値を落としかねないだけでなく、将来いざ浸水被害が出たときに、保険業界から対策の不備を理由に保険金が支払われない事態すら起こり得るのです」(吉良氏)
気候変動がもたらすシビアなリスクを見据えた上で、話題は「リスクを抑える守りから新たな価値を創出する攻め(イノベーション)」へと移っていった。
吉良氏がまず挙げたのは、栃木県那須塩原市などで進む再生可能エネルギーの地産地消モデルだ。間伐材をバイオマス燃料として活用したり、農地の上に太陽光パネルを設置する「ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)」を導入したりすることで、地域内でエネルギーを自給自足する取り組みが実践されている。
都市の水害対策としては「流域治水」と「グリーンインフラ」への転換も紹介された。渡良瀬川流域に広がる渡良瀬遊水地のように広大な湿地で雨水を一時貯留したり、田んぼの排水口を狭めて雨水を溜める「田んぼダム」を活用したりと、自然の生態系機能を活かして都市を守りつつ生物多様性も保全するアプローチが各地で成果を上げている。
さらに、温暖化を逆手に取って高級ワイン用ブドウ(ピノ・ノワール)の栽培面積を近年2.5倍に急拡大させている北海道のワイナリーのように、気候の変化を柔軟に受け止め、新たな産業や価値へと転換する動きも生まれている。
吉良氏は、力強く「未来は選べるんです」と語りかけた。スクリーンに映し出されたのは、先ほどの猛暑予報とは対照的な「もう一つの2126年8月10日の天気予報」。そこには最高気温32℃、最低気温23℃前後という、現在と変わらない予報図が描かれている。

「100年後の人たちに対して、私たちはどちらの未来を手渡したいでしょうか。気候変動へのアプローチには、温室効果ガスの排出を抑える『緩和』と、避けられない影響に備える『適応』の2つがあり、その両方を進めることが不可欠です。明日の天気を変えることはできません。しかし、私たちがどんな街をつくり、どんな事業を選択し、どんな未来に投資していくか。その行動によって、100年後の天気は今から変えることができます」(吉良氏)
前編では、気象予報士・吉良真由子氏が語った、100年後のシミュレーションが示す気候変動の現実と、都市・ビジネスへの影響を追った。「明日の天気は変えられなくても、100年後の天気は変えられる」——その言葉を受け、後編では参加者を巻き込んだワークショップへと移る。「緩和」と「適応」それぞれのチームが導き出した、驚くほど近い答えとは。
(文・須賀原みち/写真・後藤秀二)

入社当時は鉄道事業部に配属され、鉄道事業者向けの気象予測を担当。その後、約5〜6年間は気象予測業務に従事し、その間に気象予報士の資格を取得。2020年からは気候変動プロジェクトチームに移り、データ分析やカスタマーサービス、アプリ開発など多岐にわたる業務を経験。2025年からは予報センターへ異動し、現在はウェザーニュースLiVEで「100年天気予報」という気候変動をテーマにした動画解説を担当している。